万国漢字志

都市篇 · アルジェリア

万国漢字志 都市篇 第二号|アルジェ――「阿爾及」は国か都市か――

アルジェは地中海に面するアルジェリアの首都。斜面に広がる旧市街カスバには、古いモスク、オスマン様式の宮殿、伝統的な都市構造が残る。

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「阿爾及府」は都市を指していた

都市篇第二号は、アルジェリアの首都アルジェです。

国名篇第十九号では、アルジェリアの制定一字を「及」とし、国の漢字表記に「阿爾及」を採りました。しかし明治初期の日本語地理書を開くと、この三字は国だけでなく、首都アルジェにも使われています。

1871年の『五洲紀事』には、都市を示す、

阿爾及府

が見えます。1890年の『如氏地理教科書』も、沿岸の都市として、

亞爾及府

を記します。同じページの「亞爾及州」と区別されているため、「府」は首都・都市、「州」は地域を指す文脈です。

三字を国名記事から機械的に流用したのではありません。都市を示す接尾辞を伴う、日本語史料の直接用例です。


三字の直接用例

『五洲紀事』の「阿爾及府」は、北アフリカの地理を述べる箇所に現れます。国立国会図書館デジタルコレクションの画像では、本文の字形を「阿爾及府」と確認できます。

1890年の『如氏地理教科書 中等教育 第3帙』は「亞爾及州」と「亞爾及府」を同じページで使い分けています。国・地域と都市が同じ三字を核にし、接尾辞で範囲を分けていた例です。

さらに大蔵省が1894年に刊行した『財務参考書』には、

阿爾及市

が繰り返し現れます。「府」だけでなく「市」を伴う用例もあるため、三字の「阿爾及」は都市アルジェの歴史表記として根拠があります。

ただし、接尾辞のない「阿爾及」だけでは、アルジェリア地域・政体と都市アルジェのどちらを指すかを字面だけで確定できません。前後の文脈を読む必要があります。


四字の都市表記

三字とは別に、四字の都市表記も確認できます。

1876年の文部省刊『万国史 上巻』は、アルジェの攻略を述べる箇所で、

阿爾日耳府

を使います。1878年の『万国地名字引』も、国・地域の項目に「阿爾及」を置く一方、都市アルジェを「アルジールス」と読み、

亞爾日耳府

と記します。一冊の中で、短い「阿爾及」と長い「亞爾日耳府」を別の範囲へ割り当てた例です。

1881年の教育博物館目録には「亞爾日耳」があり、カリフォルニア大学バークレー校東亜図書館にも「阿爾日耳[アルジールズ]海上ヨリ望ムノ図」という都市景観資料が残ります。ただし後者は、作者と制作年、角括弧内の読みが原資料にあるのか目録で補われたのかを今回の調査では確定できません。


現在の日本語名と都市の輪郭

現在の日本語公用表記はカタカナの「アルジェ」です。外務省のアルジェリア基礎データも、首都を「アルジェ」と記載しています。

GeoNamesは都市中心の座標を北緯36.73225度、東経3.08746度としています。国連人口部『The World's Cities in 2018』では、都市的集積地域の人口は2018年に269万4000人です。本稿の人口欄は市域人口ではなく、この都市的集積地域の推計値を採用します。

地中海を望む斜面には旧市街カスバが広がります。ユネスコ世界遺産センターは、カスバをマグレブのイスラーム都市の代表例とし、古いモスク、オスマン様式の宮殿、伝統的な住宅と都市構造が残ると説明しています。


中国語圏の表記との比較

中華人民共和国外交部のアルジェリア国別ページは、首都を「阿尔及尔」と記します。台湾の国家教育研究院による外国地名訳名も、Alger、Algiers、El Djezairに「阿爾及爾」を対応させています。

この四字は現代中国語圏で現役の都市表記です。一方、日本語史料では「阿爾及府」「亞爾及府」「阿爾及市」の三字核と、「阿爾日耳府」「亞爾日耳府」の四字核が並存していました。

中国語の現在の標準表記を、そのまま日本語の歴史表記とみなすことはしません。本稿では、日本語史料の直接用例を「史」として採り、現代中国語の「阿爾及爾」は比較対象に置きます。


都市名の由来と命名者

アルジェ県観光局が公開する『アルジェ県統計年鑑2020』は、10世紀半ば、ズィール朝のボロギン・イブン・ジリが現在の都市を築き、「島々」を意味する「エル・ジャザイル」と名づけたと説明しています。

ただし、古代の集落から現在の都市までを一人が新設したという意味ではありません。ここで命名者として記録するのは、現在名につながる「エル・ジャザイル」を10世紀に与えた人物です。

日本語の漢字表記「阿爾及」や「阿爾日耳」を誰が初めて作ったかは確認できません。したがって、都市名の命名者と漢字表記の造語者を混同せず、漢字表記の命名者は未確定とします。


二文字・三文字案の比較

阿爾及

三文字です。「阿爾及府」「阿爾及市」という都市を明示する日本語用例があり、字数と史料根拠を両立します。

一方で、同じ三字は国・地域にも使われます。現代の一覧で単独表示する場合は「都市篇」または「アルジェ」と併記し、範囲を明らかにする必要があります。

亞爾及

同じく三文字で、「亞爾及府」という直接用例があります。第一字は史料によって「阿」と「亞」に揺れていますが、国名篇第十九号との索引上の連続性を優先し、暫定制定には「阿」を採ります。

阿爾日耳・亞爾日耳

四文字で、都市を示す「府」と結びつく日本語史料があります。音の対応を長く残す表記ですが、都市篇では二文字・三文字を主流とする方針に照らし、三字の直接用例がある今回は歴史表記欄へ収めます。

阿爾

二文字に短縮する案です。しかし、今回確認した史料に「阿爾」だけでアルジェを指す直接用例はありません。短さだけを理由に新しい切り詰めを作る必要はないため、採りません。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名
アルジェ

所属国
アルジェリア

暫定制定都市名
阿爾及――史

制定状態
暫定制定・原典継続調査


採らなかった表記と未解決点

二文字案「阿爾」は、日本語史料の単独用例を確認できないため採りません。現代中国語の四字「阿爾及爾」は有力な比較対象ですが、日本語史料に三字の都市用例があるため、暫定制定には使いません。

未解決点は三つあります。

第一に、接尾辞のない「阿爾及」は国・地域と都市の双方を指し得ます。史料ごとの指示範囲は文脈確認が必要です。

第二に、「阿爾日耳[アルジールズ]海上ヨリ望ムノ図」は都市景観の資料ですが、制作年、作者、収録物、目録の読みの由来が未確定です。

第三に、「阿爾及」「阿爾日耳」などの日本語漢字表記を最初に作った人物は確認できません。ボロギン・イブン・ジリは都市名の由来に関わる人物として記録し、漢字表記の命名者とはしません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第三号

次は、ラバトです。

北アフリカの首都を西へたどり、歴史的な漢字表記と現代中国語表記を分けて確認します。