万国漢字志

都市篇 · モロッコ

万国漢字志 都市篇 第十一号|アシラ――「阿西拉」と「艾西拉」、三字の一字差

アシラはモロッコ北西部の大西洋岸にあり、城壁に囲まれた旧市街と現代の芸術活動で知られる港町である。

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「阿」と「艾」のどちらを採るか

都市篇第十一号は、モロッコ北西部の大西洋岸にあるアシラです。

日本語ではアシラとアシラーの両方が使われ、中国語圏では三字の阿西拉と艾西拉を確認できます。読みの近い三字形が二つあるなら、字面の好みで一つに決めることはできません。

今回は、発行主体、見出し語、対応する欧文名、位置情報を一つずつ確認し、どちらを万国漢字志の暫定制定都市名に採るかを考えます。


日本語では「アシラ」と「アシラー」

在モロッコ日本国大使館の領事情報は、現地警察の連絡先一覧でアシラと英字のASILAHを同じ欄に載せています。同大使館の経済日誌にも「アシラ市(モロッコ)」という用例があります。

国際協力機構の海外協力隊員による現地記事は、タンジェ近郊の海沿いの町としてアシラ(Asilah)を紹介しています。一方、JICAの水産物流調査報告書では漁港名に長音を加えたアシラーが使われています。

どちらも日本の公的機関の資料に現れる表記です。本稿では、在モロッコ日本国大使館の都市名用例と前号の予告に合わせてアシラを見出し名とし、アシラーを異表記として記録します。

日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。したがって、アシラは現在の国都ではありません。


台湾の地名辞典は「阿西拉」

台湾の国立教育研究院が公開する『外国地名訳名』第四版は、見出しArcilaに対して阿西拉を掲げ、所在国をモロッコ、座標を北緯35度28分・西経6度02分としています。Arcilaは、アシラのスペイン語・ポルトガル語系の名称です。

ここでは、三字形だけが単独で載っているのではありません。欧文見出し、漢字訳名、国、座標が一組になっており、モロッコのこの都市を指すことを照合できます。

阿西拉は三文字で、日本語のア・シ・ラにも順に対応させやすい形です。都市篇が主流とする二字・三字にも収まります。

ただし、これは台湾の中国語地名資料にある既存表記です。日本語の歴史的漢字表記だったことを、そのまま意味するものではありません。


中国大陸の公式サイトは「艾西拉」

中国・アラブ諸国協力フォーラムの公式サイトは2019年の記事「大西洋畔文芸小鎮――艾西拉」で、都市名を艾西拉と記しています。同フォーラムの中方事務局は中国外交部西アジア・北アフリカ局に置かれ、外交部自身もこのサイトをフォーラムの公式URLとして案内しています。

この用例も、モロッコの大西洋岸にある芸術の町を扱っているため、別の同名地や人名ではありません。

台湾の阿西拉と中国大陸の艾西拉は、二字目と三字目が一致し、先頭だけが異なります。どちらも三文字の音写ですが、異なる資料系統に属します。字体差ではなく、選ばれた字そのものの差です。


日本語の歴史的漢字表記は未確認

今回行った国立国会図書館サーチ、アジア歴史資料センター、NDL Ngram Viewerでの限定的な検索では、アシラを指す日本語の歴史的漢字表記を確認できませんでした。

阿西拉や艾西拉を日本語検索すると、現代の中国語ページ、機械翻訳された旅行ページ、人名なども混じります。モロッコの都市を日本語文中で漢字表記したと確かめられない一致は、歴史用例には数えません。

未確認は不存在の証明ではありません。ポルトガル語形Arzila、スペイン語形Arcila、旧字体、異体字、OCRに拾われない地図や画像資料は、今回の検索から漏れる可能性があります。日本語の歴史的漢字表記は未確認とし、原典調査を続けます。


「Zilis」と現在のアシラを短絡させない

アシラ市の公式案内は、この町がフェニキア時代からアマジグ語のZilisまたはZiliで知られたと説明する一方、イスラーム期の再建後にアラビア語のAsilahが使われ、ポルトガル占領期にはArzilaと呼ばれたと記します。

ただし、同じ市の案内は、イスラーム以前を扱う記述には、現在のアシラと、東へ約13キロ離れた古代都市Zililを混同するものがあると注意しています。タンジェ都市計画庁の文化遺産案内も、アシラの起源を近隣のZililから切り分け、9世紀初頭にはこの地に都市が存在したとたどっています。

したがって、本稿は古代名から現代名までを一本の確定した語源として結びません。都市名の変遷を紹介しつつ、史料上の同定に残る問題も併記します。


港町、城壁、芸術活動

タンジェ都市計画庁によれば、1471年8月24日にポルトガルがアシラを占領し、天守と大規模な城壁を備えた要塞を築きました。現在の旧市街には、イスラーム期とポルトガル期に由来する防御施設が残ります。

モロッコ政府観光局は、アシラをポルトガル時代の過去が色濃く残るアラブ・アンダルシアの町として紹介し、城壁、塔、門、海岸、祭りの時期の文化催事を特徴に挙げています。

都市史には、ポルトガル王アフォンソ五世、ワッタース朝のムハンマド・アッシャイフ、建築家ディオゴ・ボイタックら多くの人物が現れます。しかし、確認できたのは占領、統治、城壁建設に関わる人物です。阿西拉または艾西拉という漢字表記の命名者を示す資料は確認できませんでした。そのため、漢字表記の命名者は未確定とします。


人口と位置

モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、2024年9月1日現在のCommune d'Assilahの法定人口を36,039人としています。内訳はモロッコ人35,950人、外国人89人です。

同じ表にはタンジェ=アシラ県149万4,413人、アシラ郡3万3,463人も載っていますが、行政範囲が異なります。公式サイトの一覧には、都市の自治体に当たるコミューン人口36,039人を採ります。

GeoNamesのAsilah(ID 2557055)が示す都市座標は、北緯35.465219度、西経6.034153度です。


三字形の比較

阿西拉

台湾・国立教育研究院の地名辞典に、Arcila、モロッコ、座標とともに掲載された三字形です。日本語のアシラとの音対応を保ち、対象都市を資料上で特定できます。

艾西拉

中国・アラブ諸国協力フォーラムの公式サイトに直接用例がある三字形です。現代中国大陸の公的な対外交流サイトで使われた点を重視し、異表記として残します。

新しい二字形は作らない

今回確認した資料には、アシラを示す二字形の直接用例がありませんでした。三字形から一字を削る客観的な根拠もないため、音だけから二字形を新造しません。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、三字の阿西拉を採ります。

根拠は、台湾の公的な地名辞典で、欧文名、所在国、座標を伴う地名訳として確認できることです。日本語の見出し名アシラとも三音節で対応します。中国大陸の艾西拉は排除せず、別系統の公的用例として併記します。

一方、阿西拉を日本語の歴史的都市名として用いた原典は未確認です。万国漢字志が中国語圏の既存表記を現代日本語の都市索引へ新たに取り込むため、制定区分は創とします。この創は、三字の文字列そのものを本稿が新造したという意味ではありません。

採用状態は暫定です。日本語原典で都市名用例が確認された場合、または中国語圏の標準化資料が追加で確認された場合は、制定区分と採用形を再検討します。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

アシラ(アシラー)

所属国

モロッコ

台湾の地名辞典で確認した表記

阿西拉

中国大陸の公式サイトで確認した表記

艾西拉

暫定制定都市名

阿西拉――創

制定状態

暫定制定・日本語原典継続調査


採らなかった表記と未解決点

艾西拉は、中国・アラブ諸国協力フォーラムの公式サイトにある直接用例です。ただし、台湾の地名辞典のように欧文見出し、国、座標を一組にした標準化資料ではないため、今回は阿西拉を優先しました。

ポルトガル語・スペイン語系のArzila/Arcilaと、アラビア語のAsilah、古代名とされるZilis/Zililの関係には、場所の同定を含む論点が残ります。歴史的な欧文名を根拠なく漢字へ置き換えることはしません。

また、都市名そのもの、阿西拉、艾西拉の命名者はいずれも未確認です。城壁や都市再建に関わった人物を、名称や漢字表記の命名者へ読み替えません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第十二号

次は、ララシュです。

アシラから大西洋岸を南へ進み、古代都市リクスに近い港町の日本語・中国語用例と、二字・三字形の有無を確認します。