二字と三字、二つの政府表記
都市篇第六十二号は、ガンビアの首都バンジュールです。
現代の漢字圏には、この都市を直接指す二つの公的表記があります。中華民国外交部は首都を二字の班竹と記し、中華人民共和国外交部は三字の班珠尔と記します。繁体字へ直せば班珠爾です。
二字形を好むから三字形を切り詰める必要はありません。班竹は台湾の外交当局が実際に用いる都市名であり、班珠尔も中国大陸の外交当局が用いる都市名です。
今回は二つの既存表記を比較し、短い班竹を万国漢字志の暫定制定都市名に採ります。ただし、これは現代中国語圏の表記を日本語の索引へ取り込む判断です。日本語の歴史的漢字表記を発見したという意味ではありません。
日本語ではバンジュールとバンジュル
日本国外務省は、ガンビア共和国の首都を**バンジュール(Banjul)**と記します。国立国会図書館の地図案内にも「首都バンジュール周辺」とあります。
一方、日本の辞書ではバンジュルを主見出しとし、バンジュールを異表記として扱う例があります。どちらも現在のBanjulを指し、旧称**バサースト(Bathurst)**も日本語辞書に記録されています。
本誌は外務省と国立国会図書館の用例に合わせ、見出しをバンジュールとします。バンジュルを誤記とはせず、日本語の併存形として残します。
今回、国立国会図書館サーチ、国立国会図書館デジタルコレクション、アジア歴史資料センターを、バンジュール、バンジュル、バサースト、ガンビアなどの組み合わせで調べました。しかし、この都市を指す日本語の歴史的漢字表記は確認できませんでした。
検索で確認できなかったことは、不存在の証明ではありません。旧称Bathurstを別の音写で記した資料、画像だけの地図、OCRに拾われない表記は残る可能性があります。そのため、記事データの歴史表記欄は空とします。
中国大陸の三字「班珠尔」
中華人民共和国外交部のガンビア国家概況は、首都を**班珠尔(Banjul)**と記します。中国外交部と在ガンビア中国大使館の記事にも、首都、港、市を指す表記として班珠尔が繰り返し現れます。
中国大陸の簡体字班珠尔を繁体字へ直すと班珠爾です。Banjulの三つの音節を三字で追う形で、都市を特定する情報量を保ちます。
中国百科全書出版社の地名項目も、見出しを班珠尔、旧称を巴瑟斯特としています。現代名と旧称が一つの項目内で対応するため、別都市の同名地を拾った用例ではありません。
ただし、これらは現代中国語の資料です。班珠爾が日本語史料で使われたことや、誰が最初に三字を選んだかは確認できません。
台湾の二字「班竹」
中華民国外交部のガンビア国情報は、首都を班竹市と記します。台湾の政府資料には、班竹をガンビアの首都、港、姉妹都市として用いる例が複数あります。
班竹は二文字です。現代日本語のバンジュール全体を日本漢字音で再現する形ではありませんが、台湾政府がBanjulの直接表記として採っているため、本誌が新たに削った略称ではありません。
二字の短さだけで選ぶのではなく、政府資料に直接用例があり、対象都市を特定できることを採用理由とします。
一方、台湾政府が班竹を最初に採用した時期と、二字の具体的な考案者は確認できませんでした。使用機関を個人の命名者へ置き換えることはしません。
1816年、Bathurstという町が置かれた
ガンビア政府観光当局の公式国別ガイドと『Historical Dictionary of The Gambia』は、1816年4月23日、コンボ王トマニ・ボジャンと英国側のアレクサンダー・グラントが島の使用をめぐる取り決めを結んだと記します。
英国側は島をSt. Mary's Islandと呼び、河口を管理する拠点と町を築きました。新しい町は、当時の戦争・植民地担当国務大臣、第3代バサースト伯爵ヘンリー・バサーストにちなみ、Bathurstと名付けられました。
同辞典は、アレクサンダー・グラントが町をBathurstと呼んだと説明しています。したがって、旧称については、命名した人物をグラント、献名先をヘンリー・バサーストとして分けて記録できます。
これは現在名Banjulの命名者を示す話ではありません。旧称の命名者が判明していても、その人物を現在名や漢字形の命名者として登録することはしません。
また、英国拠点は奴隷貿易を取り締まる目的を掲げて設置されましたが、植民地支配と交易拠点の形成も同時に進みました。後世の説明を「人道目的だけの都市建設」と単純化しません。
Banjuloは植民地期以前の島名に現れる
1816年の取り決めを扱う研究は、英国側が取得した島をBanjuloと記します。つまり、Banjulに近い名は1973年に無から作られたものではなく、Bathurst以前の島名に確認できます。
ミシガン州立大学のMatthew James Parkによる研究は、Banjulをマンディンカ語の二語、竹に当たるboŋoと縄に当たるjulooに結び付けます。人びとが島で竹を切り、縄を作ったことに由来するという説明です。
一方、別の伝承はBandjougouという人物名に由来するとします。複数の説明があるため、本稿は縄の材料説を有力な研究上の説明として紹介しますが、唯一の確定語源とはしません。
BanjuloからBanjulへの綴りの変化を、誰がいつ確定したかも未確認です。現在名の命名者を特定個人として登録しません。
1973年、BathurstからBanjulへ
主要な地名辞典と研究は、独立後の1973年に首都名がBathurstからBanjulへ変わったことで一致します。植民地期以前の島名に近い名称を、独立国の首都へ戻した改称でした。
ただし、正確な日付には資料差があります。英語圏の地名資料には1973年4月24日とするものがあり、ガンビア紙The Pointが歴史家Hassoum Ceesayの説明として伝えた記事は、ダウダ・ジャワラ大統領が市側へ改称を告げた日を1973年2月19日とします。
行政上の発効日、発表日、記念行事の日を同一視すると誤り得ます。本稿では確実に一致する1973年までを本文の確定事項とし、日付は未解決点に残します。
ジャワラは改称を進めた国家元首として重要です。しかし、Banjulに近いBanjuloは1816年以前の島名に確認できます。したがって、ジャワラを現在名の造語者とはしません。
首都、河口、港
日本国外務省はバンジュールをガンビアの首都と明記しています。ガンビア川が大西洋へ注ぐ河口部の島にあり、政府機関と港を持つ都市です。
米国国家地理空間情報局の地名データを表示する地名録は、Banjulを政治的首都を示すPPLCに分類し、代表座標を北緯13.453056度、西経16.577500度とします。本誌の都市地図にはこの値を採ります。
座標は都市を示す代表点です。市域境界、市役所入口、港湾施設の中心を精密に示すものではありません。
2024年人口は26,461人
ガンビア統計局の2024年人口・住宅国勢調査速報は、バンジュール地方行政区域の人口を26,461人としています。
同じ表では、1973年39,179人、1983年44,188人、1993年42,326人、2003年35,061人、2013年31,054人と推移しています。2024年値は、ガンビア全体の1.1%です。
本稿の一覧値は、統計表のBanjul地方行政区域です。カニフィングを含む大バンジュール都市圏の人口ではありません。中国外交部が示す約3.46万人など別年・別範囲の数値とも混ぜません。
都市圏が島外へ広がる一方、行政区域としてのバンジュール人口が減ってきたことは、都市本体と都市圏を分けて読む必要を示します。
二字・三字案の比較
班竹
二文字です。中華民国外交部が首都名として現在使用しています。本誌が三字形を任意に縮めたものではなく、政府の直接用例があります。
短い一方、現代日本語の「ジュール」の末尾を十分に示さず、日本語漢字音から原音を復元しにくい弱点があります。
班珠爾
三文字です。中国大陸の公的表記班珠尔の繁体字形で、Banjulの音節を班・珠・爾へ対応させます。二字形より音の輪郭を残します。
ただし、日本語での歴史的使用は未確認です。現代中国語の三字形を、そのまま日本語の既成表記とは呼べません。
巴瑟斯特
四文字で、旧称Bathurstの中国語表記です。現在のBanjulではなく植民地期の旧称を示すため、現代都市の制定名候補にはしません。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、二字の班竹を採ります。制定区分は創です。
班竹という文字列自体は本稿の新造ではなく、台湾政府の既存用例です。しかし、日本語の歴史的な都市名としては確認できず、万国漢字志が現代中国語圏の表記を日本語の都市索引へ新たに取り込むため、区分を創とします。
三字の班珠爾も、中国大陸の公的表記として併記します。二字の採用は三字を誤りとする判断ではなく、本誌が二字・三字を主流とする方針の中で、直接用例のある短い形を優先したものです。
漢字表記の考案者は未確認です。中華民国外交部や中華人民共和国外交部は使用機関であって、個人の造語者とは限りません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
バンジュール(異表記:バンジュル)
所属国
ガンビア
旧称
Bathurst(バサースト)
中国大陸表記
班珠尔(繁体字:班珠爾)
台湾政府表記
班竹
暫定制定都市名
班竹――創
制定状態
暫定制定・日本語原典、1973年改称記録、漢字形の初出を継続調査
採らなかった表記と未解決点
三字の班珠爾は中国大陸の公的用例があり、音の輪郭を二字形より多く残します。しかし、二字の班竹にも台湾政府の直接用例があるため、今回は短い形を採りました。
旧称の巴瑟斯特は、Bathurstを指す中国語表記であり、現在名Banjulの候補にはしません。旧称から現在名を作ることもしません。
未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、班竹と班珠尔の初出・考案者、BanjuloからBanjulへの綴りの確定過程、1973年改称の法的文書と正確な発効日、地名語源の諸説です。
旧称Bathurstについては、グラントが町を命名し、ヘンリー・バサーストを顕彰したことを確認できます。しかし、現在名、二つの漢字形の命名者ではありません。ジャワラも改称を進めた人物であって、植民地期以前からあるBanjul系の名を造語した人物とは認定しません。
参考資料
- 外務省「ガンビア共和国 基礎データ」
- 国立国会図書館リサーチ・ナビ「ガンビアの地図」
- 小学館・平凡社ほか「バンジュル」
- 小学館・平凡社ほか「バサースト」
- ガンビア統計局「2024 Population and Housing Census Preliminary Report」
- 米国国家地理空間情報局由来地名録「Banjul」
- 中華人民共和国外交部「冈比亚国家概况」
- 中華人民共和国外交部「走进班珠尔,了解冈比亚」
- 中華民国外交部「甘比亞共和國」
- 中華民国経済部国際貿易署「甘比亞」
- 中国大百科全書「班珠尔」
- The Gambia Tourism Board『The Gambia Official Country Guide』
- Arnold Hughes, David Perfect『Historical Dictionary of The Gambia』
- Matthew James Park『Heart of Banjul: The History of Banjul, The Gambia, 1816–1965』
- Liza Gijantoほか「Serving Status on the Gambia River Before and After Abolition」
- The Point「How Bathurst renamed Banjul 8 years after independence」
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第六十三号
次は、フリータウンです。
ガンビア川河口からシエラレオネへ移り、解放奴隷の移住史と都市名Free Town、漢字圏の表記を分けて調べます。
