郵便の記念誌に残る三字
1902年に逓信省通信局が刊行した『万国郵便聯合加盟二十五年祝典記念志』。巻頭の「萬國郵便聯合加盟顛末」を読むと、郵便の国際的な取り決めを振り返る文章の中に、伯爾尼府という開催地が出てきます。
この三字の地名は、現在の日本語でベルンと呼ばれる都市に対応します。現代中国語から作った漢字の案だけを眺めるのとは違い、日本語の刊本の画像に、実際にその字が印刷されていることを確かめられます。
本稿では、原典にある形と、そこから都市の名として取り出す三字を分けて示します。
歴史表記
国立国会図書館の原典画像は、6コマ目の左側が本文1頁に当たります。そこに、1874年の会議を述べる箇所があり、国と開催地が瑞西國伯爾尼府と並んでいます。続く文も、そこで会議を開き、郵便の取り決めを協議したという内容です。
本稿では、この文脈から瑞西國を国名、伯爾尼を都市の名として読み、府はその所在地に添えられた語として扱います。原典に印刷されている形は伯爾尼府、暫定都市名として取り出す部分は伯爾尼です。スイスという国の名を伯爾尼と呼ぶのではなく、現代のベルン市が日本の「府」に当たる行政区分だと認定するものでもありません。
これは1902年刊の日本語用例です。記事が1874年を回顧していても、その1874年当時の文書を今回閲覧したことにはなりません。伯爾尼の初出や命名者、日本語でどれほど広く定着していたかも、この一例だけでは決まりません。
画像のこの箇所では、地名に付いたカタカナのルビを確認していません。本稿で添えるベルンという読みは、後に挙げる現代日本語の資料に基づきます。現代の紹介者が補った振り仮名を、原典に印刷された読みとして扱いません。
日本語での用例
日本の外務省「スイス基礎データ」は、一般事情の「3 首都」にベルンと記しています。スイス政府観光局の日本語都市頁も、ベルンという名を使っています。
ここで一つ、首都という説明を確かめておきます。スイス連邦外務当局の「Political system」は、ベルンを政府所在地の**連邦都市(federal city)**とし、事実上の首都と説明しています。同時に、技術的な意味での正式な、法律上の首都はないとも述べています。
したがって、日本の外務省による「首都 ベルン」という案内と、スイス側の「連邦都市・事実上の首都」という説明を、区別したまま併記します。ここから、ベルンが憲法上の正式首都として定められていると付け加えることはしません。
ベルン市自身の英語紹介にも、連邦都市と首都の両方の語が現れます。短い都市紹介の呼び方だけで、スイス側が示す法的な位置づけの区別を消さないようにします。
中国語圏その他の表記との比較
スイス政府観光局の簡体字頁は伯尔尼(Bern)を見出しにしています。繁体字頁は伯恩(Bern)を見出しとし、本文には伯恩/伯爾尼という併記もあります。
伯爾尼は、今回の繁体字頁でも実際に使われている形です。簡体字の尔をこちらで機械的に爾へ置き換えただけではありません。
ただし、日本の1902年の刊本と現在の中国語頁は、別々の資料です。文字が一致することから、どちらが他方へ伝えたのか、誰が名付けたのかまで断定しません。二字の伯恩も、今回確認した1902年の頁に印刷された形ではありません。
二文字・三文字案の比較
伯恩
現代中国語の繁体字頁にある二字です。短くまとまっていますが、日本語の字音だけからベルンとは読めず、ルに対応する手掛かりも字面にはありません。
今回は日本語漢字名としての使用を別に確認していないため、日本語の既存表記として採用せず、中国語の比較対象に残します。
伯留恩
伯恩へ留を挿し、日本語名のルにも字を置こうとする本誌の改案です。留の字音リュウはルそのものではなく、三字を読んでもベルンという音には自然に結び付きません。
この形は、今回の資料で確認した都市名ではありません。既存の二字をもとに文字を挿す実質的な変更であり、字体を整えるだけの操作とは分けます。原典にある三字形を押しのける利益は限られます。
伯爾尼
日本語の1902年の原典で確認できた地名部分の三字です。現代中国語にも同形が見えることとは別に、日本語の歴史用例を示せることを採用理由とします。
三字は標準の字数にも収まります。ただし、一般的な日本語の字音だけでベルンの読みを再現できる表記ではありません。 カタカナの読みを添え、原典にベルンというルビがあるかのようには見せません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
ベルン
所属国
スイス
暫定制定都市名
伯爾尼――史
制定状態
暫定制定・原典継続調査
1902年の日本語刊本で実際の字形を確かめたため、「史」とします。本誌が作った字体改案ではありません。一方、広く定着した伝統表記とまで判断する調査はしていないため、「伝」とはしません。
人口はスイス連邦統計庁のSTATPOPによる2025年12月31日現在138,562人。対象はBFS自治体コード0351のBernの常住人口です。ベルン州、地区、都市圏の人口を市の人口として取り込んだ数値ではありません。使用表の行政範囲は2025年4月6日、データベース表示版はJune2026です。
採らなかった表記と未解決点
伯恩は現代中国語の二字形として、伯留恩は本誌が文字を加える比較案として残します。原典中の伯爾尼府は、所在地を示す語を含む引用形として保存し、暫定都市名の三字と混同しません。
伯爾尼の初出、選字者、使用の広がりは未確定です。今回の歴史原典の確認は、同書の例言・目次・巻頭本文の範囲に限られます。また、歴史上の会議の開催地を現在の自治体境界へ細かく対応させた調査ではありません。
首都の説明についても、今回参照した公的案内以上に、スイスの憲法や法律の条文を全面的に監査したとはしません。連邦都市と事実上の首都という位置づけを、確認できた範囲で述べます。
参考資料
- 『万国郵便聯合加盟二十五年祝典記念志』、逓信省通信局、1902年6月。国立国会図書館デジタルコレクション、永続ID805549。6コマ目・本文1頁の伯爾尼府を原典画像で確認。3コマ目は例言、4・5コマ目は目次。2026年11月6日閲覧・画像保存。
- 「スイス基礎データ」、外務省、2026年5月27日表示。「一般事情・3 首都」のベルンを参照。2026年11月6日閲覧。
- 「ベルン」、スイス政府観光局。現代日本語の都市名を参照。2026年11月6日閲覧。
- 「伯尔尼(Bern)」簡体字版、瑞士国家旅游局。2026年11月6日閲覧。
- 「伯恩(Bern)」繁体字版、瑞士國家旅遊局。見出しと本文の伯恩/伯爾尼を確認。2026年11月6日閲覧。
- 「Political system」、スイス連邦外務当局Presence Switzerland、2026年4月29日表示。連邦都市、事実上の首都、法的首都の区別を参照。2026年11月6日閲覧。
- 「Portrait」、ベルン市。市の英語による自己紹介。2026年11月6日取得。
- STATPOP自治体別人口表、スイス連邦統計庁。2025年12月31日の常住人口、行政範囲2025年4月6日、June2026版。保存した公式API応答の自治体0351・人口区分1・国籍/性別/年齢各総数の行を参照。
- GeoNames:Bern、GeoNames、CC BY 4.0。保存済み索引の代表座標点を使用。市域境界や人口の根拠には用いません。
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。
次回予告|都市篇 第二百九十四号
次回はヴィンタートゥール。日本語名の異表記と中国語の四字を見比べ、短縮と字体調整の違いを考えます。
