万国漢字志

都市篇 · セネガル

万国漢字志 都市篇 第四十四号|ビニョナ――四字「比尼奧納」と「夜になった」の伝承

ビニョナはセネガル南部、ジガンショール州ビニョナ県の県都。国道4号・5号が交わるカザマンス地方の交通・農産物流通拠点で、2023年のコミューン人口は2万8642人。

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「夜になった」からビニョナへ

都市篇第四十四号は、セネガル南部の県都、ビニョナです。

前号のジガンショールから国道4号を北へ進むと、国道5号との分岐にビニョナがあります。カザマンス地方北部の交通と農産物流通を支えてきた都市です。

ビニョナ市の公式沿革は、町の古い名を、

Boudjoné

と記しています。「夜になった」を意味する地名がBindjonaを経てBignonaになった、という伝承です。

漢字ではどう表せるでしょうか。中国語の国連文書には、同名の県を指す、

比尼奥纳

があります。正字体へ直すと、

比尼奧納

です。ただし、これは都市を直接指す公的な中国語用例ではありません。同名県の表記を、県都である都市へ暫定的に取り込めるかを検討します。


日本語では「ビニョナ市」

外務省の草の根・人間の安全保障無償資金協力実績表には、2011年の案件として「ビニョナ市職業技術情報センター整備計画」が載っています。県ではなく、市を直接指す日本語の公的用例です。

在セネガル日本国大使館の月報にも「ジガンショール市―ビニョナ市間」という道路区間が現れます。外務省の教育協力評価報告書も、同じ職業技術情報センターの案件名にビニョナ市を用いています。

一方、同じ日本語資料にはビニョナ県もあります。都市と県は同名ですが、人口、行政範囲、用例を混ぜることはできません。本稿では「市」と明記された例を都市名の根拠にします。

国立国会図書館サーチでは、ビニョナ、Bignona、比尼奧納、比尼奥纳を分けて調べました。今回確認できた公開書誌と検索可能な本文からは、この都市を指す日本語の歴史的漢字表記を特定できませんでした。

これは、過去の日本語資料に漢字表記が存在しないという証明ではありません。フランス領西アフリカやカザマンス地方を扱う古い地図、地誌、軍事・通商資料には、全文検索できない画像本文も残ります。そのため、歴史表記は未収録とし、日本語原典の調査を続けます。


国連文書の「比尼奥纳」

対人地雷禁止条約会議の公式中国語文書は、カザマンス地方の行政区域として比尼奥纳省を挙げています。2020年の分析文書では、同県に残る地雷汚染地点数もこの表記で示されています。

ここで確実に言えるのは、中国語の公的文書でBignonaという行政地名に比尼奥纳が用いられていることです。同名の県都もBignonaですが、文書の「省」を消して都市への直接用例だと扱うことはできません。

世界気象機関の世界気象情報サービス中英都市一覧も確認しました。セネガルの掲載都市にはジガンショール、セディウ、コルダなどがありますが、ビニョナは収録されていません。前号のように都市IDで英語名と中国語名を直接照合する方法は使えません。

そこで、簡体字の「奥」を正字体の「奧」へ直した比尼奧納を、同名行政地名から県都へ移す暫定案として扱います。既存の都市漢字名を発見したのではなく、根拠の範囲を限定した取り込みです。


県都であり、国の首都ではない

セネガル国土整備庁の公式地理データは、Bignonaの集落点を県都に分類しています。ビニョナはジガンショール州を構成する三県の一つ、ビニョナ県の行政中心です。

一方、セネガル共和国の首都はダカールです。公式サイトの「首都」表示は国家首都かどうかを示すため、ビニョナは首都ではないと登録します。紹介文では行政上の役割が消えないよう、ビニョナ県の県都と明記します。

同じBignonaという語が都市、コミューン、県、水路を指します。資料を読むときは、どの範囲を示すのかを確認する必要があります。


コミューン人口は2万8642人

セネガル国家統計・人口経済分析庁の『人口推計 2023―2073』は、2023年国勢調査を基準に、州、県、郡、コミューンを分けて人口を掲げています。

ビニョナのコミューン行は、男性1万4580人、女性1万4062人、合計、

2万8642人

です。

同じ表にあるビニョナ県28万7500人、ジガンショール州61万7568人とは別の値です。国家統計庁の都市定義資料は、このコミューン行がビニョナの全街区を対象とすることも示しています。都市一覧ではコミューン人口を採ります。

セネガル国土整備庁の公式KMLは、県都Bignonaの集落点を北緯12.80364445047448度、西経16.23723852609427度に置いています。小数第六位へ丸めた北緯12.803644度、西経16.237239度を地図に使います。

これは都市を示す集落点であり、コミューン境界の重心ではありません。人口の範囲と地図上の一点は役割が異なります。


三つの語源説

ビニョナ市の公式沿革とアサン・セック大学の言語研究は、町の創建を1840年から1860年ごろとする口承を紹介しています。最初の中心はヤクベル水路の南、現在のマンギリーヌとバセーヌの古い地区に当たるとされます。

最も詳しく語られるのが、ストゥから来た狩人の伝承です。狩人たちは渡し場へ着きましたが、日が暮れ、大きなワニがいたため水路を渡れませんでした。夜を明かした場所が、ジョラ語で「夜になった」を意味するBujoneまたはBoudjonéと呼ばれ、Bindjonaを経てBignonaになったと説明されます。

大学の研究は、これとは別に二つの説も記録しています。一つはマンジャク語、ジョラ語、マンディンカ語の要素を組み合わせる説、もう一つはマンディンカ語の表現へ結びつける説です。

三つの説明が並ぶ以上、「夜になった」説だけを確定語源とはしません。市の公式沿革が採る代表的な伝承として示し、複数の口承があることを残します。


1894年の駐屯地と交易拠点

市の沿革は、マンディンカ勢力との戦争と天然痘流行の後、1880年から1890年ごろに第二の入植があったとします。1894年にはフランス軍の駐屯地が置かれ、ビニョナは落花生などを集める交易拠点として発達しました。

大学の研究は、当時人口350人ほどだった集落が、農産物と欧州からの工業製品を交換する中心になった経緯を記しています。1950年代には、水路を通じて落花生がジガンショールへ運ばれました。

1957年12月2日の命令でコミューンとなり、現在は国道4号と5号が交わる道路交通の結節点です。集落の形成、植民地行政拠点の設置、自治体化はそれぞれ別の出来事です。


創建者と命名者は確定できない

ビニョナ市の公式沿革は、テンディマヌ=ストゥから移住した四人の老人が創建者としてしばしば挙げられる、と記しています。しかし、現在公開されている本文は「四人の名」と述べながら、その氏名を列挙していません。

同じ沿革に登場するLang Dramé、Adighane Coly、Ekengone、Dakorofèneは、後の移住や地区形成に関係する人物です。確認できた資料は、いずれか一人がBignonaという都市名を造語し、公的に定めたとは述べていません。

漢字形比尼奥纳についても、四字を最初に選んだ人物と時期を確認できませんでした。国連文書の翻訳担当者を、そのまま表記の考案者とみなすことはできません。

そのため、都市名の命名者も漢字表記の命名者も未確認とします。人物欄は設けません。


三字案と四字形を比べる

比尼奧納

国連公式中国語文書の同名県表記に基づく四字形です。ビ・ニョ・ナに対応する既存の字順を保ちますが、都市への転用は万国漢字志の暫定判断です。

比尼納

三字にできますが、「奧」を落とした比尼納をビニョナ市へ用いる直接資料は確認できません。既存形から一字を削る根拠がありません。

比奧納

これも三字ですが、「尼」を落とします。確認した公的資料の用字ではなく、音の対応も変わります。

語源伝承を意訳して「夜」などの字を入れる案も考えられます。しかし、複数ある語源説の一つを都市名として固定し、新しい文字列を作ることになります。今回は採りません。

都市篇は二字・三字を主流としますが、字数だけを合わせるために資料のある形を切り縮めません。今回は例外として、四字の比尼奧納を採ります。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、四字の比尼奧納を採ります。

根拠は、国連の公式中国語文書が同名県を比尼奥纳と表記し、セネガルの公式地理・統計資料が都市ビニョナをその県都として明確に区別していることです。簡体字だけを正字体へ直し、字の順序と数は変えません。

制定区分は創とします。日本語の歴史的漢字表記を復元するのでも、中国語の都市名をそのまま移すのでもなく、同名行政地名の既存形を日本語の都市索引へ暫定的に転用するためです。「比尼奥纳」という文字列を本稿が初めて作った、という意味ではありません。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ビニョナ

所属国

セネガル

中国語公文書で確認した同名県

比尼奥纳省

暫定制定都市名

比尼奧納――創

制定状態

暫定制定・都市への直接用例と日本語原典を継続調査


採らなかった表記と未解決点

三字の比尼納と比奧納は、ビニョナ市を指す直接用例がなく、既存の四字形から音に対応する字を落とすため採りません。二字案と語源を意訳した案も同じく制定候補にしません。

未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、中国語で都市を直接指す公的な比尼奥纳の用例、Bignonaの三つの語源説の関係、創建者四人の氏名、現在の都市名を公的に定めた人物と時期、漢字形の初出と考案者です。

人口は2023年国勢調査を基準とするコミューン行です。県・州人口とは区別します。座標は公式地理データの集落点であり、行政境界の中心点ではありません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第四十五号

次は、ウスイです。

ビニョナからカザマンス川を越えて南西へ進み、ジョラ社会の王制が残る県都の表記史を調べます。