中国外交部はなぜ二字と四字を並べたか
都市篇第十号は、モロッコ北西部のシャウエンです。
青く塗られた町並みで知られ、日本語ではシャウエンとシェフシャウエンの両方が使われています。中国大陸の公的資料には、四字の舍夫沙万だけでなく、二字の沙温も現れます。
二字形が欲しいから四字形を切り詰めるのではありません。今回は、中国外交部が同じ都市について二字形と四字形を併記した資料を起点に、その使われ方を確認します。
日本語では「シャウエン」と「シェフシャウエン」
在モロッコ日本国大使館の医療情報は、都市名としてシェフシャウエンを掲げています。一方、同大使館の安全情報にはシャウエンとあり、国際協力機構の資料でも観光地名としてシャウエンが使われています。
小学館『デジタル大辞泉』は、シェフシャウエンを「モロッコ北部の都市シャウエンの正式名称」と説明しています。日本語の資料に両方が現れるため、本稿では短い日本語名をシャウエン、必要な箇所では正式名称をシェフシャウエンと記します。
国際協力機構の現地記事は、シェフシャウエンを山間部に位置する青い町として紹介しています。モロッコ政府観光局も、リフ山地の斜面に築かれ、青く彩られた家並み、旧市街、カスバを持つ都市として案内しています。
日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。したがって、シャウエンは現在の国都ではありません。
中国大陸では「沙温(舍夫沙万)」
中華人民共和国外交部は2017年、中国の援助医療隊を扱った在モロッコ大使館発の記事で、訪問先を「沙温(舍夫沙万)」と記しました。二字の沙温と四字の舍夫沙万が、同じ都市を示すものとして一つの括弧の内外に置かれています。
同じ外交部の2018年の観光都市協力フォーラム演説では、青い都市として舍夫沙万が使われています。2020年の大使インタビューにも舍夫沙万が現れます。四字形は一度だけの表記ではありません。
ここで重要なのは、沙温を万国漢字志が四字形から作ったのではないことです。中国の外交当局が短い都市名として実際に使った直接用例があります。
ただし、この用例が示すのは現代中国語の表記です。日本語の歴史的な漢字表記だったことを示す証拠ではありません。
繁体字資料の四字形
Unicode ConsortiumのCLDR地名表では、Chefchaouenの行政区画を繁体字中国語で謝夫沙萬省、日本語でシャウエン州としています。ここから確認できる繁体字の中心部分は謝夫沙萬です。
台湾の国立台湾文学館がまとめた『2020台灣文學年鑑』には、作品名として「舍夫沙萬的藍映像」が収録されています。これは台湾で四字形が流通した一例ですが、文学作品名の記録であり、政府による都市名の標準化を示すものではありません。
中国大陸の舍夫沙万、CLDRの繁体字形謝夫沙萬、台湾の年鑑に現れる舍夫沙萬は、同じ四音節の音写に属しますが、最初の字と字体が一致しません。本稿では資料ごとの差を消さずに残します。
日本語の漢字表記は未確認
今回行った国立国会図書館サーチ、アジア歴史資料センター、NDL Ngram Viewerでの限定的な検索では、シャウエンを指す日本語の歴史的な漢字表記を確認できませんでした。
とくに沙温は、日本語では「砂の温度」を意味する一般語の表記として検索結果に混じり得ます。モロッコや都市名であることを同時に確認できない一致は、地名用例として採用しません。
未確認は不存在の証明ではありません。旧字体、異体字、スペイン語形ChauenやXauenを経由した表記、OCRに拾われない画像資料などは、今回の検索から漏れる可能性があります。このため、歴史表記欄は空とします。
二字・四字の比較
沙温
二文字です。中国外交部の在モロッコ大使館発の記事で、舍夫沙万と同じ都市を示す短い形として確認できます。日本語のシャウエンとも音の対応を説明しやすく、直接用例のある二字形です。
舍夫沙万/謝夫沙萬
四文字です。中国大陸の外交部資料では舍夫沙万が繰り返し使われ、CLDRの繁体字地名表では行政区画名に謝夫沙萬が使われています。都市を特定する情報量は多い一方、万国漢字志が主流とする二字・三字より長い形です。
新しい二字形は作らない
今回確認した公的資料には、沙温以外の二字形を確定できる直接用例がありませんでした。音だけから別の二字形を作ることはしません。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、二字の沙温を採ります。
根拠は、中国外交部が「沙温(舍夫沙万)」と明示した公的用例です。四字形を本稿が任意に省略したものではありません。また、日本語で使われる短い都市名シャウエンとの対応も保てます。
一方、今回確認した範囲では、沙温を日本語の歴史的都市名として用いた例は未確認です。万国漢字志が現代中国語の既存二字形を日本語の都市索引へ新たに取り込むため、制定区分は創とします。この創は、文字列そのものを本稿が新造したという意味ではありません。
採用状態は暫定です。日本語原典で都市名用例が確認できた場合は、制定区分と歴史表記を再検討します。
1471年の建設者と命名者は同じではない
シャウエン市の公式案内は、1471年、ポルトガル勢力が北部沿岸へ進出するなかで、シャリーフのムーレイ・アリー・ベン・ラシッドが山麓に防衛拠点を築くことを決めたと説明しています。モロッコ文化省の案内も、カスバが1471年にアリー・ベン・ラシッドの統治下で建設されたと記します。
市の案内は、都市名をアマジグ語の「角」と、「見よ」に相当する語を結びつけ、周囲の峰を指す名として説明しています。ただし、この説明からアリー・ベン・ラシッド本人が名称を造ったとはいえません。
確認できたのは都市建設と防衛拠点に結び付く人物です。都市名の命名者でも、漢字形沙温の命名者でもありません。そのため、これらの人物は建設史の担い手として記録し、命名者とは認定しません。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、2024年9月1日現在のCommune de Chefchaouenの法定人口を46,168人としています。県全体の412,713人や都市部人口62,632人ではなく、市のコミューン人口を一覧用の数値に採りました。
座標はGeoNamesのChefchaouen(ID 2553455)に基づき、北緯35.16878度、西経5.2636度とします。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
シャウエン(シェフシャウエン)
所属国
モロッコ
中国大陸表記
沙温/舍夫沙万
繁体字資料で確認した表記
謝夫沙萬/舍夫沙萬
暫定制定都市名
沙温――創
制定状態
暫定制定・原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
四字の舍夫沙万と謝夫沙萬は直接確認できる表記ですが、今回は中国外交部が同じ都市に用いた二字形沙温を優先します。直接用例のない別の二字形は作りません。
未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、二字形沙温と四字形の初出、各漢字形の命名者です。都市の建設者は資料から確認できますが、都市名自体の命名者と同一視しません。
参考資料
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ医療情報」
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコにおける安全対策・邦人犯罪被害事例」
- 国際協力機構「モロッコの歩き方 N°06 タンジェ・テトゥアン・シャウエン」
- 国際協力機構「私の任国“モロッコ王国”について Vol.1」
- 小学館『デジタル大辞泉』「シェフシャウエン」
- モロッコ政府観光局「Chefchaouen, the charming bride」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- シャウエン市「المميزات」
- モロッコ青年・文化・通信省「Qasba de Chefchaouen」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・地域別、県別、市町村別法定人口」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別人口(Excel)」
- GeoNames「Chefchaouen」
- 中華人民共和国外交部「驻摩洛哥大使孙树忠赴沙温慰问中国援摩医疗分队并参观穆罕默德五世医院」
- 中華人民共和国外交部「驻摩洛哥大使李立在中国—摩洛哥旅游城市合作论坛上的致辞」
- 中華人民共和国外交部「驻摩洛哥大使李立接受《晨报》专访」
- Unicode Consortium「CLDR v47 CJK Subdivision Names」
- 国立台湾文学館『2020台灣文學年鑑』
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
- NDL Ngram Viewer
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第十一号
次は、アシラです。
北モロッコの港町について、日本語と中国語圏の用例、ポルトガル支配期の歴史資料を分けて確認します。
