一つの町を案内する三つの文字
ケルン市のウェブサイトに、2012年の中国との交流事業を紹介した中国語のページが残っています。題名には科隆、そのすぐ隣にはドイツ語のStadt Köln。末尾の市外事事務所の住所にもKölnとあります。
同じ町が、日本語ではケルンと呼ばれます。科を「カ」、隆を「リュウ」と読むと、いつもの都市名とはずいぶん離れてしまいます。二字の案内を見つけても、読み方まで日本語で手に入ったわけではありません。
今回は、市が自分の町を中国語で紹介した二字と、日本語の紀行に現れるカタカナを並べます。字を足して音へ近付けるか、既存の形を残して読みを添えるか。その選び方が今回の問いです。
歴史表記
ケルンの日本語の歴史的な漢字表記は、現時点では原典未確認です。 科隆を日本の古い刊本の漢字と読みの組として示せる段階ではありません。初出と選字者も要継続調査です。
横光利一の『欧洲紀行』にはケルンが登場します。今回参照した青空文庫の電子翻刻では、飛行機の旅の途中、午後二時に到着する町がケルンと書かれています。確認できたのはこのカタカナであり、本文にない科隆を補って引用することはしません。
電子翻刻の底本は2006年12月10日第1刷の講談社文芸文庫です。後年の底本の文字を読んだことと、紀行の初出紙面の字形を確かめたことは別です。本稿では初出紙面を実見した扱いにしません。
日本語での用例
青空文庫の『欧洲紀行』は、到着した市街を、尖塔や石炭の匂いとともに描いています。ここでのカタカナは、旅人が移動してゆく先の町の名です。作品を現在の行政境界や人口の証明に使うのではなく、日本語での都市名の用例として読みます。
現代の公的な対応は、京都市の「姉妹都市ケルン市における伝統産業品商談・展示フェア(仮称)の参加事業者等募集について」でも確認できます。2023年4月21日付のこの案内は、本文でドイツ・ケルン市と呼び、開催場所の住所末尾に50678 Kölnを記しています。
この日本語の市名と住所の綴りを対応させ、本誌の現代日本語名をケルンとします。科隆という漢字の日本語読みが、この案内に記されているという意味ではありません。
中国語圏その他の表記との比較
ケルン市公式の「2012科隆中国年」では、冒頭に科隆とStadt Kölnが並びます。末尾にも科隆市外事办公室という表示と、50667 Kölnを含む住所があります。漢字の都市名とアルファベットの綴りを、同じ市の案内の中で照合できます。
このページが紹介するのは2012年の交流事業です。今回閲覧できたウェブ本文の二字を、その年のすべての印刷物の字形や、表記の成立年にまで広げません。
中国外交部の科隆市長への訪問報告にも、科隆市という用例があります。市自身の案内と中国の公的文書で、この二字をそれぞれ確認できます。ただし、これだけで台湾などを含む中国語圏全域の用字が同じだったとはいえません。
本誌案では科と隆の字形を変えません。中国語の原文用例を採ることと、日本語の歴史的な表記を確認することは区別します。
二文字・三文字案の比較
科隆
市の中国語案内で確認できた二字です。字を増減せず、都市篇の標準の二字に収まります。ほかの中国語資料との照合もしやすい形です。
ただし、二字の日本語の通常の読みを続けてもケルンにはなりません。科隆にはケルンの読みを添えることを前提にします。中国語の発音を、そのまま日本語の読みの規則として説明しません。
家倫
家の「ケ」を手がかりにする、本誌の二字比較案です。倫の通常の「リン」だけでは「ルン」を表せず、先頭一音のために確認済みの二字を置き換える利点は小さいと考えます。今回、既存の都市名用例として確認した形ではありません。
科爾倫
三字に分けて音を連想しやすくしようとする、本誌の比較案です。爾と倫を足してもケルンという日本語の全体の読みは自明にならず、科隆との見た目のつながりも弱くなります。これも歴史的な別表記として確認したものではありません。
今回は、読みを添えて二字を残す方を選びます。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
ケルン
所属国
ドイツ
確認した現代中国語表記
科隆
暫定制定都市名
科隆――既
制定状態
暫定制定・原典継続調査
既存の中国語用例の二字を、字形の調整を加えず採るため「既」とします。日本語の歴史的な漢字表記を発見したという判定ではありません。
人口はドイツ連邦統計局(Destatis)の自治体一覧年次版による、2025年12月31日現在1,025,523人。人口と自治体境界はいずれも同日を基準とし、2026年8月公表の版を用います。2022年国勢調査を基礎とする公式人口更新統計です。対象はKöln, Stadtの自治体全体で、都市圏や近隣自治体の人口を含めた別集計ではありません。
採らなかった表記と未解決点
家倫と科爾倫は本誌が比較のために組んだ案です。科隆と同じ立場の確認済み用例として並べません。
日本語の歴史的な漢字原典、漢字と読みを同じ箇所に示す頁、初出、選字者は未確認です。『欧洲紀行』の初出紙面と電子翻刻の対照も残ります。今回の資料にないことを、その表記が歴史上存在しなかった証拠にはしません。
市の案内で確かめた二字を残し、日本語のケルンを添える。字数を増やす前に、資料にある形と読みの役割を分けておきます。
参考資料
- 『Gemeindeverzeichnis — Alle politisch selbständigen Gemeinden (mit Gemeindeverband) in Deutschland』、Destatis、2026年8月版。表紙題名。Köln, Stadt、人口・境界2025年12月31日。都市圏ではなく自治体の人口。
- 横光利一「欧洲紀行」、青空文庫。午後二時のケルン到着を記す本文。底本は講談社文芸文庫、2006年12月10日第1刷。初出紙面の字形は未照合。
- 「姉妹都市ケルン市における伝統産業品商談・展示フェア(仮称)の参加事業者等募集について」、京都市、2023年4月21日。本文のケルン市と開催場所のKölnの住所。
- 「2012科隆中国年」、ケルン市公式中国語特設ページ。題名の科隆とStadt Köln、末尾の外事事務所の名称・住所。表記の成立年を示す資料とは扱いません。
- 「驻杜塞尔多夫总领事余勇拜会科隆市长伯梅斯特」、中国外交部。科隆市の用例。
- 「ドイツ基礎データ」、日本国外務省。首都をベルリンとする根拠。ケルンの人口出典には用いません。
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。
次回予告|都市篇 第二百八号
次回はフランクフルト。マイン川沿いの市を対象に、中国語の四字と短縮案を比べます。
