万国漢字志

都市篇 · 西サハラ

万国漢字志 都市篇 第二十七号|ダフラ――「達赫拉」と旧名を分けて読む

ダフラは西サハラ南部の大西洋岸、細長い半島に発達した港湾都市である。モロッコ側の2024年国勢調査による自治体人口は16万5,463人。

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三字の「達赫拉」を採る

都市篇第二十七号は、西サハラ南部の大西洋岸にある都市ダフラです。

国連の中国語文書は、この都市を达赫拉市と記しています。三字で都市を直接指す用例です。

今回は、簡体字の达を日本で用いる字体の達へ直した達赫拉を、暫定制定都市名に採ります。

日本語史料に定着した漢字形は確認できていません。したがって、これは日本語の歴史表記の復元ではなく、中国語圏の既存用例を根拠に日本語の都市索引へ取り込む暫定案です。


日本語は「ダフラ」、旧資料には「ダクラ」

外務省の2025年の海外安全情報は、ラユーン、スマラ、ブジュドゥール、ブクラと並べてダフラ市内と記しています。気象庁の平年値データも、観測地点を「ダフラ-西サハラ」としています。

一方、外務省が公開している2002年の海外安全情報には、同じ都市の列挙の中にダクラがあります。現在の公的表記はダフラですが、日本語の政府資料にも表記揺れがあったことが分かります。

本稿と公式サイトの現代日本語都市名は、現在の外務省表記に合わせてダフラとします。ダクラは過去のカタカナ用例として残しますが、漢字表記には数えません。


国連文書にある「达赫拉市」

国連非植民地化特別委員会の2024年作業文書の中国語版は、外交施設の所在地として达赫拉市を記しています。2021年の同委員会会議録も、阿尤恩市と达赫拉市を並べています。

2019年の国連安全保障理事会文書には、达吉拉(达赫拉)市という併記もあります。达吉拉は別都市ではなく、同じダフラに用いられた中国語の異形です。

本稿は、複数年の国連文書で継続し、現在の音にも近い达赫拉を基礎にします。日本字体に直した達赫拉では、字数と並びを変えません。


日本語の旧称は漢字形ではない

日本語の事典類は、スペイン統治期の旧名Villa Cisnerosをビリャ・シスネロスまたはビヤ・シスネロスと記し、現在のダフラに対応させています。日本語の研究論文にはヴィラ・シズネロスという形もあります。

これらは都市の表記史を知る重要な用例ですが、いずれもカタカナです。旧称が確認できることと、日本語の歴史的漢字表記が確認できることは同じではありません。

国立国会図書館サーチの書誌検索と、今回確認した日本語官公庁資料では、ダフラを指す日本語の漢字表記を確定できませんでした。検索で見つからないことは、表記が存在しなかった証明にはなりません。画像だけで収録された地図や古い新聞を含め、継続調査が必要です。


1884年のVilla Cisneros

ダフラ自治体の沿革は、スペイン統治下の1884年に都市が設けられ、Villa Cisnerosと呼ばれたと説明しています。スペイン国立歴史文書館の人物記録は、軍人エミリオ・ボネリをVilla Cisnerosの創設者としています。

一次資料を参照したラス・パルマス・デ・グラン・カナリア大学の研究によれば、ボネリは1884年の遠征で、11月の日付をもつ条約を結び、リオ・デ・オロ半島などに仮設建物を置きました。その後、スペイン・アフリカ学者植民協会の執行委員会が、将来の集落をVilla Cisnerosと名づけました。

この研究から確認できる命名主体は執行委員会です。個人の命名者は確定できなかったため、公式サイトの一覧には載せません。

Villa Cisnerosは16世紀の枢機卿フランシスコ・ヒメネス・デ・シスネロスにちなむ可能性があると、ダフラ自治体は説明しています。これも自治体が示す説として扱い、今回確認できなかった命名議事録の内容を推定しません。


「ダフラ」という名

ダフラ自治体は、アラビア語のالداخلةを、海へ約40キロメートル伸びる半島の地形と結びつけて説明しています。細長い半島の内側には大きな湾があります。

ただし、これは自治体が示す地名説明です。語の成立時期、現在の名称へ正式に変更された日、最初にこの名称を定めた人物は確認できませんでした。

都市を築いた人物、スペイン語旧称を選んだ組織、アラビア語の現名称を生んだ人物は別の問いです。エミリオ・ボネリを現在の「ダフラ」の命名者とはしません。


同名の地域と難民キャンプを分ける

ダフラ市は、GeoNamesで集落かつ第一級行政区分の中心として登録された海岸都市です。本稿の座標と人口はこの都市を対象にしています。

ダフラ=オウエド・エッダハブ地方は、モロッコ側の行政区分です。地方全体と市は面積も人口も異なります。

ダフラ難民キャンプは、国連世界食糧計画の資料がアルジェリアのティンドゥフ近郊に掲げる別の場所です。西サハラ海岸のダフラ市から遠く離れており、市の座標や人口と混ぜられません。

また、半島、湾、自治体、都市の市街地も範囲が一致しません。公式サイトの地図には市街地の地点を、人口欄には自治体の数値を使います。


西サハラという所在地

国連は、西サハラを非自治地域の一覧に載せています。最終的な政治的地位は確定していません。

外務省も西サハラ地域として扱い、ダフラを同地域内の都市として列挙しています。

人口と自治体史にはモロッコ側の行政資料を用いますが、それを領有権の確定資料とは扱いません。ダフラはモロッコ側の行政区分では地方の中心ですが、国連統計部がWestern SaharaのCapital cityとして掲げるのはEl Aaiúnです。領域全体の首都には該当しないため、公式サイトの首都欄は「非首都」とします。


人口と位置

モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査によれば、2024年9月1日時点のCommune de Dakhlaの人口は16万5,463人です。

同じ資料では、オウエド・エッダハブ県が19万5,467人、ダフラ=オウエド・エッダハブ地方が21万9,965人です。都市一覧には県や地方の合計ではなく、ダフラ自治体の16万5,463人を採ります。

この数値はモロッコ政府機関が自らの行政区分で集計したものです。政治的地位の根拠には用いません。

GeoNamesのDakhla(ID 2463447)が示す都市地点は、北緯23.68477度、西経15.95798度です。地方の代表点やアルジェリアの難民キャンプではなく、市街地の地点です。


三つの表記を分ける

達赫拉

国連中国語文書の达赫拉を日本字体へ直した三字形です。

暫定制定都市名に採ります。

达赫拉

国連の中国語文書が都市へ直接用いる簡体字形です。

日本語側へ移す際だけ、初字を達へ直します。

達吉拉

国連文書に达吉拉(达赫拉)市という異形があります。

国連文書にある簡体字形达吉拉を日本字体へ直した形です。原文では達赫拉に当たる形が括弧内に併記されています。

元になった簡体字形には直接用例がありますが、継続して確認できる达赫拉を優先するため、制定形には採りません。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、三字の達赫拉を採ります。

根拠は、国連中国語文書に达赫拉市という都市への直接用例があり、複数年の文書で使われていることです。簡体字から日本字体への置換以外に、文字の追加や削除は行いません。

制定区分を創とするのは、日本語史料上の既存漢字形を継承するのではなく、他言語圏の表記を現代日本語の都市索引へ新たに取り込むためです。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ダフラ

所在地

西サハラ

国連中国語文書で確認した漢字形

达赫拉

暫定制定都市名

達赫拉――創

制定状態

暫定制定・日本語原典継続調査


採らなかった表記と未解決点

異形の達吉拉は、国連文書にある簡体字形达吉拉を日本字体へ直したものです。原文では括弧内に达赫拉を併記していました。継続性の強い達赫拉を優先します。

未解決点は、日本語史料における漢字表記、达赫拉の三字を最初に選んだ人物、現在のDakhlaという名称の成立時期と命名者、Villa CisnerosからDakhlaへ正式に改称された日です。

旧称の個人命名者を一覧に確定表示するには、原書簡か委員会記録の確認が必要です。確認できるまでは推測で補いません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第二十八号

次は、ヌアディブです。

大西洋岸を南へ進み、モーリタニアの港湾都市ヌアディブの漢字表記と、旧称Port-Étienneの表記史を調べます。