万国漢字志

都市篇 · コートジボワール

万国漢字志 都市篇 第七十二号|ダロア――三字「達洛亞」とダロの名

ダロアはコートジボワール中西部、オー・ササンドラ州とササンドラ=マラウエ自治区の中心都市。2021年国勢調査の同名行政単位人口は421,879人。

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三字「達洛亞」とダロの名

都市篇第七十二号は、コートジボワール中西部の都市ダロアです。

日本国外務省は、この都市をダロアと記します。漢字表記には、中国大陸の公的資料にある簡体字の达洛亚を、日本で通常用いる字体へ直した達洛亞を暫定制定都市名に採ります。台湾の客家委員会資料にも、同じ繁体字形の達洛亞が都市へ直接使われています。

達洛亞は三字です。都市篇が主流とする二字・三字の範囲に収まり、対象都市への直接用例も確認できます。

現地名については、ダロという人物に結び付ける説明が大学の研究資料にあります。ただし、ダロ本人がDaloaという名称を造語したことまでは確認できません。由来人物と命名者を分けて記録します。


日本語では「ダロア」

日本国外務省は、村落給水計画の式典が行われた場所をダロア市と記しています。

このため、本稿の現代日本語都市名はダロアとします。フランス語の綴りはDaloaです。

国立国会図書館サーチと国立国会図書館デジタルコレクションでは、ダロア、Daloa、達洛亞、达洛亚などを照合しました。今回確認できた日本語資料はカタカナまたは欧文を用いており、この都市へ直接使われた日本語の歴史的漢字表記は特定に至りませんでした。

検索で見つからないことは、不存在の証明ではありません。本文検索できない地図や画像資料、別の音写には用例が残る可能性があるため、歴史表記は登録せず継続調査とします。


中国大陸の「达洛亚」

中国商務部系の『対外投資合作国別(地区)指南 コートジボワール(2025年版)』は、地域経済拠点の整備対象となる都市の一つを达洛亚と記しています。

在コートジボワール中国大使館経済商務処の記事にも、ダロアの憲兵隊や行政区域を指す表記として达洛亚が現れます。対象都市が明確な、公的機関による直接用例です。

日本で通常用いる字体へ直すと、达は達、亚は亞となります。そこで本稿では、達洛亞を制定形とします。これは日本語の古い漢字名を復元したものではなく、中国語圏の既存音写を日本語の都市索引へ取り込む案です。


台湾資料にも「達洛亞」

台湾の客家委員会が公開する海外訪問資料は、この都市を達洛亞と記し、「象国第四城」と注記しています。同じ資料にはコロゴを科霍戈とする記載もあり、旅程上の都市名として両者が並びます。

中国大陸の达洛亚を字体変換した結果と、台湾資料の達洛亞が一致します。異なる公的資料で都市への直接用例を確認できるため、単独の自動翻訳結果よりも根拠が明確です。

ただし、最初にこの三字を選んだ人物や時期は分かりません。使用機関を漢字表記の命名者とみなすことはしません。


三字をそのまま採る

達洛亞は、達・洛・亞の三字です。Daloaという都市への公的な直接用例があり、都市篇が主流とする字数にも収まります。

今回は、さらに二字へ縮めません。二字形の直接用例が確認できず、どの音を省き、どの字を残すかを裏付ける根拠がないためです。

また、達・洛・亞それぞれの字義を、都市の歴史や地理へ結び付けません。この三字はDaloaの音を写す表記として扱います。


名はダロにちなむという

ダロア大学の研究誌に掲載された都市史研究は、町の前身をアンテロープ猟の小集落として説明します。そこでは、最初の創設者をFrebo Gbotoとし、のちにDaloが集落を発展させたため、GalbawaからDaloa、すなわち「ダロの子孫たち」へ名が変わったとされています。

一方、別の地域資料には、ヨーロッパ人が畑で聞いた「Dalo, ah」という呼び声を地名として記録したという話もあります。二つの説明は、名称成立の筋道が同じではありません。

本稿では、大学の研究誌が示すDaloを地名の由来に現れる人物として記録します。ただし、DaloがDaloaという語を自ら造った、または行政上の名称を決定したとまでは書きません。漢字形達洛亞の選定者も未確認です。


四つの村から広がった都市

OECDと西アフリカ都市研究プログラムの地域経済報告は、ダロアがLoabia、Labia、Gbeuliville、Tazibouoという四つの村のまとまりから生まれたと説明します。都市化は南北・東西の街道が交わる場所で進みました。

同報告によれば、1940年に総督Peraldiが来任すると、行政、官舎、商業、工業、居住の各地区を備えた都市計画が進みます。しかし、Peraldiは近代都市計画に関わった人物であり、Daloaという地名の命名者ではありません。

コートジボワール大統領府は、現在のダロアをオー・ササンドラ州とササンドラ=マラウエ自治区の中心とし、森に囲まれた大きな開地にある都市と紹介しています。先住のGouro、Baoulé、Bétéに、Dioula商人やMali出身者が加わり、共同体ごとに地区を形作ったとしています。


農産物が集まる交差点

ダロアは、Man―AbidjanとOdienné―San-Pédroを結ぶ道路が交わる場所にあります。地域経済報告は、周辺の農村市場から集まる農産物を市内の市場へ集約し、アビジャンやサンペドロへ送り出す結節点として都市を描きます。

同報告の推計では、県外へ出る農産物の約七割がダロアを通過していました。数字は1990年代の地域経済調査によるもので、現在の割合としては用いませんが、交通と農産物流通が都市形成に果たした役割を示します。

日本の村落給水協力の式典がダロア市役所で行われた記録も、この都市が中西部の行政拠点であることを日本語資料から確認できる一例です。


国連地名データの代表座標

国連地名専門家グループの都市データは、Daloaの代表座標を北緯6.8748572767026度、西経6.44780498252281度としています。

本誌の地図にはこの値を用います。これは都市を示す代表点であり、市域の重心、行政境界から計算した中心点、特定の庁舎の位置を示す値ではありません。

同データはDaloaを国の首都として登録していません。コートジボワールの法定首都はヤムスクロであるため、本誌の首都欄も「いいえ」とします。


同名行政単位の人口は421,879人

コートジボワールの2021年人口・住宅国勢調査は、「郡またはコミューン」の表でDALOAを421,879人と集計しています。内訳は男性217,633人、女性204,246人で、基準日は2021年12月14日です。

同じ表には、BEDIALA、GADOUAN、GBOGUHE、GONATE、ZAÏBOを合わせた、より広いダロア県の人口として705,378人が載ります。都市と同名の行政単位と、県全体は別の集計範囲です。

本誌の一覧には421,879人を載せ、表示区分は自治体相当とします。市街地だけを厳密に切り出した人口とは断定せず、原表の行政区分を明記します。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、三字の達洛亞を採ります。制定区分は創です。

根拠は、中国大陸の公的資料が都市へ直接用いる达洛亚と、台湾客家委員会資料の達洛亞です。日本語で歴史的に定着した漢字名を継承する「史」や「既」にはしません。

Daloは地名の由来に現れる人物として本文に残しますが、都市名の命名者には登録しません。Frebo Gbotoは集落の創設者、Peraldiは近代的な都市計画に関わった人物であり、いずれもDaloaまたは達洛亞を考案した人物とは確認できないためです。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ダロア

中国大陸の公的用例

达洛亚

台湾資料の用例

達洛亞

暫定制定都市名

達洛亞――創

制定状態

暫定制定・日本語漢字原典、都市名と漢字表記の選定者を継続調査


採らなかった表記と未解決点

達洛亞を二字へ縮めた形は採りません。短縮形を都市へ直接使った資料が確認できず、機械的に一字を落とす根拠がないためです。

未解決点は、日本語の歴史的漢字表記、Daloaという名称が成立した正確な時期と命名者、Daloをめぐる二つの由来説明の関係、達洛亞の初出と漢字選定者です。

Dalo、Frebo Gboto、Peraldiは、それぞれ由来人物、集落創設者、都市計画に関わる人物として資料に現れます。しかし、役割が異なる三人を一つの「命名者」欄へまとめません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第七十三号

次は、サンペドロです。

ダロアから南へ進み、コートジボワール西部の港湾都市と、その漢字表記を調べます。