五字を切らず、史料にある三字を選ぶ
都市篇第十六号は、モロッコ大西洋岸のエル・ジャディーダです。
この都市には、中国語圏の公的・準公的資料だけでも複数の漢字表記があります。新華社の記事には杰迪代、台湾の国家教育研究院には杰迪達、ユネスコ世界遺産センターには贾迪达、在モロッコ中国大使館には埃尔杰迪达が現れます。
日本で通常用いる字体に直せば、それぞれ傑迪代、傑迪達、賈迪達、埃爾傑迪達です。
五字形から都合のよい字を削って三字にするのではありません。現在の都市を指す三字形が、すでに複数の資料にあります。その中から、都市への直接用例と機関をまたぐ反復を確認できる傑迪代を索引形に選びます。
旧称マザガンにも漢字表記がありますが、現在名とは対象が違います。短いという理由だけで、旧称を現在の都市名へ転用することはしません。
日本語では「エル・ジャディーダ」
在モロッコ日本国大使館の世界遺産案内は、マザガン(エル・ジャディーダ)のポルトガル都市という見出しを掲げています。JICAの資料にも、エルジャディダまたはエル・ジャディダという長音符を置かない形があります。
ユネスコ世界遺産センターの日本語名は、マサガン(アル・ジャジーダ)のポルトガル都市です。エルとアル、ジャディーダとジャジーダ、マザガンとマサガンには、日本語転写上の揺れがあります。
本稿では、在モロッコ日本国大使館の表記を優先し、現代日本語都市名をエル・ジャディーダとします。前号予告の「エル・ジャジーダ」は、この確認に基づいて訂正します。綴りの違いを別都市のようには扱いません。
日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。エル・ジャディーダはエル・ジャディーダ県の中心都市ですが、国の首都ではありません。
新華社が都市を指す三字「杰迪代」
新華社の2024年の記事は、国際馬術競技を紹介する中で、会場を摩洛哥西部海滨城市杰迪代、すなわちモロッコ西部の沿岸都市ジェディ代と記しています。
国、位置、都市であることが一文にそろい、現在のエル・ジャディーダを指す直接用例です。原文の杰を日本で通常用いる字体に直すと、傑迪代となります。
さらに、中国・紹興市の公式年鑑には、友好交流先として杰迪代市、所属地域として杰迪代省が掲載されています。都市名にも行政区名にも同じ三字形が使われており、新華社だけの孤立した表記ではありません。
台湾文化部の国家文化資産網も、世界遺産の所在地を傑迪代省と記します。字体体系は異なりますが、三字の組み合わせは新華社・紹興市資料の杰迪代と対応します。
誰がこの三字を最初に選んだかは確認できません。しかし、現在の都市を指す直接用例と、複数機関での反復は確認できます。
「杰迪達」と「贾迪达」もある
台湾の国家教育研究院が公開する外国地名訳名データには、Al Jadida, 杰迪達, 摩洛哥とあり、北緯33度15分・西経8度30分の座標も付されています。日本字体へ寄せると傑迪達です。
ユネスコ世界遺産センターの中国語説明には、現在の都市を指す贾迪达市があります。日本字体へ直すと賈迪達です。同じ説明は旧市街の歴史名を马扎甘と記し、現在名と旧称を明確に書き分けています。
傑迪達と賈迪達も、三字形を本稿が機械的に作ったものではありません。それぞれの資料に三字で現れる既存形です。
ただし、三字表記が一つに統一されているとは言えません。先頭字に杰/傑と贾/賈、末字に代と達の差があります。万国漢字志はこの差を消さず、異表記として記録します。
中国大使館の五字「埃尔杰迪达」
在モロッコ中国大使館は2013年、ジュルフ・ラスファル発電所を訪問した記事で、その所在地をモロッコ西部の沿岸都市埃尔杰迪达の近郊と説明しています。
都市であること、モロッコ西部の沿岸にあること、近くの発電所を示していることが一文にそろっています。別の同名地や行政区だけを指す用例ではありません。
原文の尔、杰、达は中国大陸の簡体字です。日本で通常用いる字体に置き換えると、埃爾傑迪達となります。
この五字形は、定冠詞に当たるElを埃尔で写し、Jadidaを杰迪达で写した形と読めます。ただし、各字を誰がいつ選んだかを示す命名記録は確認できませんでした。
五字形には公的な直接用例があります。そのため、長いというだけで誤りとは扱いません。
マザガンは現在名ではない
エル・ジャディーダの旧市街は、世界遺産マザガンのポルトガル都市として知られています。
ユネスコによれば、ポルトガル人は16世紀初頭に大西洋岸へ城塞植民都市を築きました。フランシスコとディオゴのアルーダ兄弟が1514年に最初の城塞を建設し、1541年から1548年にかけて星形要塞へ拡張されました。
ユネスコ中国語版はMazaganを马扎甘と記します。日本字体では馬扎甘です。三字という条件には合いますが、現在のEl Jadidaではなく歴史的なMazaganを写す形です。
現在名の三字形傑迪代と、旧称の三字形馬扎甘は交換できません。都市の同じ場所に異なる時代の名が重なることと、二つの名称が同義であることは別です。
「新しい町」と1958年の改称令
ユネスコの推薦書は、ポルトガル勢力が1769年に撤退した後、都市が半世紀近く無人となり、al-Mahdouma、すなわち「破壊された町」と呼ばれたと説明します。
19世紀、スルタンのムーレイ・アブドゥルラフマーンは、地方のパシャに城塞の破損部分を再建し、モスクを建て、旧ポルトガル都市を再生するよう命じました。推薦書は、この再建期にMazaganの名が禁じられ、都市がal-Jadida、すなわち「新しいもの、新しい町」と呼ばれたと記します。
その後の行政上の名称は、モロッコ独立後の官報でも確認できます。1958年1月2日付政令第2-57-1792号は、地名変更一覧で旧名Mazaganを新名El-Jadidaへ変更しました。政令は1958年2月21日発行の官報第2365号に掲載され、公布日から施行すると定めています。
この官報は、現代の公式名をEl-Jadidaへ改めた法的時点を示します。一方、19世紀の呼称成立そのものの日付や、語を最初に考案した人物までは示しません。
ムーレイ・アブドゥルラフマーンは再建を命じた重要人物です。しかし、今回確認した史料だけでは、al-Jadidaを本人が造語したのか、既に使われていた呼称を行政的に採ったのかは分かりません。そのため、本人を都市名の命名者とは認定しません。
同じ理由で、城塞を設計したアルーダ兄弟やベネデット・ダ・ラヴェンナを現在名の命名者とはしません。建設者、設計者、統治者、命名者は別の役割です。
現在の港湾都市と旧市街
モロッコ国立観光局は、エル・ジャディーダを16世紀以来のポルトガル建築とモロッコ文化が交わる大西洋岸の都市として紹介しています。旧市街には城壁、稜堡、ポルトガル貯水槽、教会が残ります。
ユネスコは、城塞がカサブランカの南西約90キロメートルにあり、ヨーロッパとモロッコの建築、技術、都市計画の交流を示すと評価しています。世界遺産の登録対象は、現代都市全体ではなく、ポルトガル城塞を中心とする区域です。
現代のエル・ジャディーダは旧市街だけで構成される都市ではありません。大西洋岸の港湾・商業都市として広がり、その内部に歴史的なマザガン城塞が残っています。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、2024年9月1日現在のCommune d'El Jadidaの法定人口を23万7,464人としています。内訳はモロッコ人23万6,414人、外国人1,050人で、世帯数は6万7,491世帯です。
同じ表にあるエル・ジャディーダ県全体の人口は91万4,367人です。県人口を都市人口として載せると対象範囲が広すぎるため、公式サイトではコミューン人口23万7,464人を採ります。
GeoNamesのEl Jadida(ID 2550078)が示す都市座標は、北緯33.256821度、西経8.508816度です。県の中心点や世界遺産区域だけの座標ではなく、都市地点を地図表示に用います。
五つの表記を分ける
傑迪代
新華社が現在の沿岸都市へ直接用いる杰迪代を、日本字体に直した三字形です。紹興市の公式年鑑と台湾文化部の文化資産情報にも対応する表記があります。
都市への直接用例と複数機関での反復を確認できるため、今回の暫定制定都市名に採ります。
傑迪達
台湾の国家教育研究院が座標付きで掲載する杰迪達を、日本字体へ寄せた三字形です。
現在地との対応は明確ですが、末字が代ではなく達です。異表記として残します。
賈迪達
ユネスコ中国語版が現在の都市へ直接用いる贾迪达を、日本字体に直した三字形です。
旧称との書き分けが明確な有力形ですが、今回確認した資料群では杰迪代/傑迪代のほうが複数機関にまたがっていました。
埃爾傑迪達
在モロッコ中国大使館の直接用例埃尔杰迪达を日本字体に直した五字形です。
現在の沿岸都市を明示する強い根拠があります。三字形を採用しても、この五字形を誤記や不採用史料として捨てることはしません。
馬扎甘
ユネスコ中国語版の马扎甘を日本字体に直した、旧称Mazaganの三字形です。
旧市街の歴史を示すうえで重要ですが、現代のEl Jadidaをそのまま表す名称ではありません。現在名の制定欄には採りません。
日本語の歴史的漢字表記は未確認
今回行った国立国会図書館サーチ、アジア歴史資料センター、NDL Ngram Viewerでの限定的な検索では、エル・ジャディーダ、アル・ジャジーダ、マザガンを指す日本語の歴史的漢字表記を確認できませんでした。
中国語の杰迪代、杰迪達、贾迪达、埃尔杰迪达、马扎甘が見つかったことは、日本語史料で同じ漢字が使われていた証明にはなりません。このため、日本語の歴史的漢字表記は未確認とします。
未確認は不存在の証明ではありません。明治・大正期の世界地誌、海図、ポルトガル領史、フランス領モロッコ関係資料には継続調査の余地があります。
各漢字表記を最初に作った人物も確認できませんでした。公的機関の掲載者を、漢字表記の造語者として登録することはしません。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の傑迪代を採ります。
根拠は、新華社が現在の沿岸都市へ杰迪代を直接用い、中国・紹興市の公式年鑑と台湾文化部の文化資産情報にも同じ三字構成が現れることです。三字形を本稿が機械的に作る必要がありません。
一方、三字の傑迪達と賈迪達、五字の埃爾傑迪達にも現在地との対応を確認できる資料があります。傑迪代の採用は、これらの否定ではなく、複数ある公的表記から都市篇の索引形を選ぶ作業です。
傑迪代を日本語の歴史的都市名として用いた原典は未確認です。中国語圏の既存形を現代日本語の都市索引へ新たに取り込むため、制定区分は創とします。この創は、三字の文字列そのものを万国漢字志が初めて造ったという意味ではありません。
採用状態は暫定です。日本語原典の用例、より古い三字形、漢字表記の成立過程、または機関間の表記統一を示す資料が見つかった場合は再検討します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
エル・ジャディーダ
所属国
モロッコ
新華社・紹興市資料で確認した現在名
杰迪代
国家教育研究院で確認した現在名
杰迪達
ユネスコ中国語版で確認した現在名
贾迪达
中国大使館で確認した現在名
埃尔杰迪达
ユネスコ中国語版で確認した旧称
马扎甘
暫定制定都市名
傑迪代――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
傑迪達、賈迪達、埃爾傑迪達には、現在の都市へ対応する資料があります。しかし、現在の都市を直接指し、複数機関にもまたがる三字形として傑迪代を優先しました。
旧称の馬扎甘は、マザガン城塞の歴史表記として残します。現在名の三字案には転用しません。
1958年の官報により、MazaganからEl-Jadidaへの公式改称と施行日は確認できました。未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、各中国語表記の初出・使い分け・造語者、19世紀にal-Jadidaの呼称が成立した正確な年月と原命令、ムーレイ・アブドゥルラフマーンの再建命令と名称選定の具体的な関係、Mazaganという地名の古い語源です。
確定できない人物や年月は、推測で記録しません。
参考資料
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ情勢:観光」
- JICA海外協力隊「モロッコの歩き方 N°02 カサブランカ・エルジャディダ」
- 新華社「马术――摩洛哥杰迪代国际马展」
- 紹興市人民政府「紹興年鑑」
- 台湾文化部・国家文化資産網「馬扎甘的葡萄牙城」
- 台湾・国家教育研究院「外国地名訳名」
- 在モロッコ中国大使館「驻摩洛哥大使许镜湖访问朱尔夫莱斯费尔电厂」
- ユネスコ世界遺産センター「マサガン(アル・ジャジーダ)のポルトガル都市」
- ユネスコ世界遺産センター「Portuguese City of Mazagan (El Jadida)」
- ユネスコ・ICOMOS推薦評価資料「El Jadida (Mazagan)」
- モロッコ官報第2365号・政令第2-57-1792号
- モロッコ国立観光局「El Jadida-Mazagan, la nouvelle Mazagan」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別法定人口」
- GeoNames「El Jadida」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
- NDL Ngram Viewer
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第十七号
次は、サフィです。
エル・ジャディーダから大西洋岸を南へ進み、港湾都市サフィの日本語史料と中国語圏の二字・三字表記を調べます。
