現在名の三字と旧称の四字を分ける
都市篇第十八号は、モロッコ大西洋岸のエッサウイラです。
中国外交部とユネスコの中国語資料は、現在の都市を三字の索维拉と記します。日本で通常用いる字体に直せば索維拉です。
同じ資料群には、旧称Mogadorを写す摩加多尔もあります。日本字体では摩加多爾です。
現在名と旧称は、同じ場所の異なる時代を示します。短い表記を作るために旧称を現在名へ転用せず、現在の都市を直接指す三字形索維拉を暫定制定都市名に選びます。
日本語では「エッサウイラ」
在モロッコ日本国大使館の世界遺産案内は、エッサウイラ旧市街(旧名モガドール)という見出しを掲げています。
同案内は、首都ラバトの南西約450キロメートルに位置する大西洋岸の都市であり、18世紀末のヨーロッパ軍事建築様式に従って建設された要塞都市だと説明します。
日本語資料には、小書きの「ィ」を使うエッサウィラもあります。国立国会図書館サーチの書誌にも「エッサウィラのメディナ(旧名モガドール)」という記事名が登録されています。
前号では次回を「エッサウィラ」と予告しましたが、本稿の都市名欄は在モロッコ日本国大使館の表記を優先してエッサウイラとします。二つの綴りを別都市とは扱いません。
日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。エッサウイラは県の中心都市ですが、国の首都ではありません。
中国外交部が使う「索维拉市」
中国外交部は2025年、中国駐モロッコ大使が現地市長と会談した記事を、驻摩洛哥大使余劲松拜会索维拉市市长奥特曼尼という見出しで公開しました。
本文にも索维拉市、索维拉老城とあり、現在の都市、市長、旧市街が同じ記事の中で対応しています。世界遺産名だけを借りた用例ではなく、現代の自治体を指す直接用例です。
新華社の2023年の記事も、茶文化展の会場を摩洛哥西部城市索维拉と記しています。国、位置、都市であることが一文にそろいます。
さらにユネスコは、創造都市ネットワークの加盟都市として索维拉(摩洛哥)を掲載しています。三字形は複数の公的機関で反復されています。
日本字体では「索維拉」
中国大陸の索维拉にある簡体字は维です。日本で通常用いる字体へ直すと維となり、三字形は索維拉になります。
この処理は、長い音写から一部を切り出すことでも、本稿が音に合わせて三字を新造することでもありません。資料にある三字を字体体系に合わせて正規化するものです。
各字を最初に選んだ人物や、三字形を標準化した時期は確認できませんでした。中国外交部やユネスコを、漢字表記の命名者として登録することはしません。
旧称Mogadorは「摩加多爾」
ユネスコ世界遺産センターの中国語名は、索维拉城(原摩加多尔)です。現在名と旧称が一つの見出しで明確に書き分けられています。
原文の尔を日本字体へ直せば、旧称は摩加多爾となります。四字ですが、旧称Mogadorの直接表記として重要です。
1904年に中国で刊行された杜宗預編『瀛寰譯音異名記』には、Mogadorに対応する摩加多も収録されています。
これらは中国語圏の旧称資料です。日本語史料で摩加多または摩加多爾が使われたことを、そのまま証明するものではありません。
現在名の索維拉と旧称の摩加多爾/摩加多は対象時代が異なります。旧称のほうが古い、または三字形があるという理由で、現在名の制定欄には採りません。
MogadorからEssaouiraへ
ユネスコは、旧称Mogadorがフェニキア語のMigdol、すなわち「小さな要塞」に由来すると説明しています。
現在の都市は18世紀半ばに整備されました。ユネスコの評価資料によれば、アラウィー朝のスルタン、シディ・ムハンマド・ベン・アブダッラーは1765年、モロッコを外界へ開く港を建設することを決めました。
スルタンが都市計画を依頼したのは、フランス人技師ニコラ・テオドール・コルニュです。コルニュはヴォーバン式要塞の影響を受けた設計を北アフリカの都市へ取り込みました。
モロッコ国立観光局の冊子は、この時期に都市がEssaouiraと改称され、新しい町が1765年にスルタンによって建設されたと要約しています。
建設者、設計者、命名者を混同しない
シディ・ムハンマド・ベン・アブダッラーが新しい港湾都市の建設を決めたこと、テオドール・コルニュが都市を設計したことは、ユネスコ資料で確認できます。
しかし、今回確認した資料だけでは、Essaouiraという語をどちらかが初めて造語したのか、既存の呼称を採用したのかまでは確定できません。
そのため、スルタンは建設を決めた統治者、コルニュは設計者として記録しますが、どちらも現在名の命名者とは認定しません。都市の創建者や設計者と、名称の命名者は別の役割です。
現在名索维拉の各漢字を最初に選んだ人物も確認できません。
要塞港から文化都市へ
ユネスコは、エッサウイラを18世紀後半のヨーロッパ軍事建築原理を北アフリカへ取り込んだ要塞港湾都市の優れた例と評価しています。
創建以来、モロッコとサハラ内陸をヨーロッパや世界各地へ結ぶ国際貿易港として機能しました。旧市街には城壁、海の門、砲台、港、メラーと呼ばれる歴史地区が残ります。
モロッコ国立観光局は、現在のエッサウイラを大西洋岸の漁港、芸術の町、音楽とウォータースポーツの都市として紹介しています。
ユネスコ創造都市ネットワークでは、2019年から音楽分野の創造都市です。歴史的な港と城壁だけでなく、グナワ音楽祭や工芸、画廊が現在の都市文化を形づくっています。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、Commune d'Essaouiraの法定人口を8万2,962人としています。内訳はモロッコ人8万2,094人、外国人868人、世帯数は2万4,719世帯です。
同じ表のエッサウイラ県全体は42万6,719人です。県人口を都市人口として載せると対象範囲が広すぎるため、公式サイトには自治体人口8万2,962人を採ります。
法定人口の基準日は2024年9月1日です。出典には、モロッコ高等計画委員会マラケシュ・サフィ地域局が公開するエッサウイラ県の自治体別Excelを使います。
GeoNames公式データのEssaouira(ID 2549263)が示す都市座標は、北緯31.5125度、西経9.77度です。県の中心点や空港ではなく、都市地点の座標を地図表示に用います。
三つの表記を分ける
索維拉
中国外交部、新華社、ユネスコが現在の都市へ直接使う索维拉を、日本字体へ直した三字形です。
現代の自治体、市長、旧市街、国際機関の都市ネットワークまで対象が確認でき、複数機関にもまたがるため、暫定制定都市名に採ります。
摩加多爾
ユネスコ中国語版が旧称Mogadorへ使う摩加多尔を、日本字体へ直した四字形です。
同じ世界遺産名の中で現在名索维拉と書き分けられています。歴史上の旧称として記録しますが、現在名の制定欄には採りません。
摩加多
近代中国の地名資料にある、旧称Mogadorの三字形です。
二字・三字を標準とする都市篇に長さは合いますが、現在のEssaouiraではなく旧称を写します。短さだけを理由に現在名へ転用しません。
日本語の歴史的漢字表記は未確認
国立国会図書館サーチで索維拉、摩加多、摩加多爾を照合した限定的な書誌検索では、これらを題名に含む日本語資料を確認できませんでした。
一方、カタカナのモガドールには、エッサウィラ旧市街を扱う日本語記事の書誌があります。現在名と旧称の対応は、日本語でもカタカナによって確認できます。
中国語の索维拉、摩加多尔、摩加多が見つかったことは、日本語史料で同じ漢字が使われた証明にはなりません。このため、日本語の歴史的漢字表記は未確認とします。
未確認は不存在の証明ではありません。明治・大正期の世界地誌、海図、フランス領モロッコ関係資料には、画像本文を含む継続調査の余地があります。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の索維拉を採ります。
根拠は、中国外交部、新華社、ユネスコが現在の都市へ索维拉を直接使っていることです。中国簡体字を日本字体へ正規化しただけで、記事タイトルから機械推測した表記ではありません。
旧称には摩加多爾と摩加多がありますが、現在名との区別を維持します。旧称の史料価値と、現在の都市索引に採る表記は別に評価します。
索維拉を日本語の歴史的都市名として用いた原典は未確認です。中国語圏の既存三字形を現代日本語の都市索引へ新たに取り込むため、制定区分は創とします。
この創は、文字列索維拉を万国漢字志が世界で初めて作ったという意味ではありません。既存の中国語形を、日本語側の暫定制定表記として採用する区分です。
採用状態は暫定です。日本語原典、より古い現在名の漢字形、または索维拉の初出・標準化過程を示す資料が見つかった場合は再検討します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
エッサウイラ
所属国
モロッコ
中国語公的資料で確認した現在名
索维拉
ユネスコ中国語版で確認した旧称
摩加多尔
近代中国語資料で確認した旧称
摩加多
暫定制定都市名
索維拉――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
旧称の摩加多爾と摩加多には直接資料があります。しかし、現在の自治体を指す表記ではないため、現在名の制定欄には採りません。
未解決点は、索维拉の初出と標準化過程、現在名Essaouiraの語形成と最初の使用者、MogadorとMigdolを結ぶ史料系列、日本語資料における歴史的漢字表記です。
シディ・ムハンマド・ベン・アブダッラーは新港建設を決めた人物、テオドール・コルニュは設計者として確認できますが、現在名の造語者とは確定できません。推測で命名者とはしません。
参考資料
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ情勢:観光」
- 中国外交部「驻摩洛哥大使余劲松拜会索维拉市市长奥特曼尼」
- 在モロッコ中国大使館「驻摩洛哥大使余劲松拜会索维拉市市长奥特曼尼」
- 新華社「『茶和天下・雅集』活动在摩洛哥举办」
- ユネスコ世界遺産センター「索维拉城(原摩加多尔)」
- ユネスコ世界遺産センター「Medina of Essaouira (formerly Mogador)」
- ユネスコ・ICOMOS「Essaouira (Morocco)」
- ユネスコ「联合国教科文组织庆祝世界城市日并指定66新创意城市」
- モロッコ国立観光局「Essaouira-Mogador, untainted beauty」
- モロッコ国立観光局「Essaouira」観光冊子
- 杜宗預編『瀛寰譯音異名記』
- CiNii Books「瀛寰譯音異名記 12卷」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・エッサウイラ県自治体別法定人口」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・法定人口」
- GeoNames「Essaouira」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 国立国会図書館サーチ「世界遺産を撮る(294)エッサウィラのメディナ」
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
- NDL Ngram Viewer
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第十九号
次は、アガディールです。
大西洋岸をさらに南へ進み、20世紀の震災と再建を経験した港湾都市アガディールの漢字表記、旧称、名称史を調べます。
