「非斯」は、いつの日本語なのか
都市篇第四号は、モロッコの古都フェズです。
現代中国語では、二文字の、
非斯
が使われています。都市篇が基本とする二文字・三文字に収まり、音にも対応します。
日本語の古い資料を確かめると、1879年の世界地理書『輿地誌略』に「非斯府」が見つかります。一方、1917年の官報資料は「フエズ」と記し、現在の日本の外務省や在モロッコ日本国大使館も「フェズ」です。
一方、台湾の政府資料には「費茲」という別の二字があります。
短い漢字表記が複数あるときこそ、どの言語圏の、いつの用例なのかを分けて読む必要があります。
1879年の「非斯府」と1917年の「フエズ」
内田正雄編訳『輿地誌略』巻8は、1879年に修静館から刊行された日本語の世界地理書です。モロッコを扱う箇所に、見出しとして、
「○非斯府」
とあります。続く本文は「同州ノ首府人口八万有リ」として、人口、家屋、製造業などを説明しています。「府」を伴い、都市を記述する用例です。
「府」は都市を示す接尾要素なので、都市名の核は二字の「非斯」と整理できます。これは中国語表記から機械的に推測した読みではなく、明治期の日本語資料に実際に現れる表記です。
1917年1月の官報に載った逓信省告示は、モロッコにある外国郵便局の名称として、
「フエズ、サントラル」
と、
「フエズ、メディナ」(Fez medina)
を掲げています。
地名とローマ字が対応する日本語の公的資料ですが、表記はカタカナです。現代の「フェズ」と母音の書き方は異なるものの、同じ都市とその旧市街を指しています。
現在の外務省「モロッコ王国基礎データ」は、1912年の出来事を「フェズ条約」と記します。在モロッコ日本国大使館の世界遺産案内も「フェズ旧市街」です。
1879年には「非斯府」、1917年には「フエズ」、現代には「フェズ」が確認できます。漢字からカタカナへ移った時期や経路は、この二点だけでは確定できません。
それでも「非斯」が日本語の都市名として使われた直接例は確認できるため、日本語の歴史表記として記録し、制定区分は史とします。
中国大陸の「非斯」と台湾の「費茲」
中華人民共和国外交部のモロッコ国別ページは、主な観光都市として、
拉巴特、马拉喀什、卡萨布兰卡、非斯
などを列挙しています。「非斯」は現在の中国大陸の公的表記です。
台湾の中華民国郵政が紹介する2024年のルーマニア・モロッコ共同発行切手は、「摩洛哥費茲市典型の衣装と陶器」に相当する説明を載せています。繁体字圏の公的資料では、
費茲
という二字が確認できます。
「非斯」と「費茲」は、どちらも中国語圏で現役の表記です。ただし、文字が違うだけの新旧字体関係ではありません。音訳に選んだ字そのものが異なります。
また、中国語圏の公的使用だけなら、日本語で歴史的に使われた証拠にはなりません。本稿が「非斯」を日本語の歴史表記とする根拠は、あくまで『輿地誌略』の「非斯府」です。現代中国語の「非斯」は、現在まで続く別言語圏の用例として分けて記録します。
二つの岸からできた古都
ユネスコ世界遺産センターは、フェズの旧市街がイドリース朝によって789年から808年の間に築かれた都の記憶を残すと説明しています。最初の都市はフェズ川を挟む二つの城壁地区から成っていました。
日本の都市計画研究では、789年にイドリース一世が右岸へ都市を築き、809年にイドリース二世が左岸へ新たな市街を築いた経過が整理されています。後に両岸は一つの城壁内へ統合されました。
13世紀から14世紀のマリーン朝期には王都として最盛期を迎え、1276年には西側にフェズ・ジェディドが造られます。政治上の首都は1912年にラバトへ移りましたが、ユネスコはフェズが現在もモロッコの文化的・精神的中心という地位を保つとしています。
イドリース一世と二世は、都市の建設史に明示される人物です。しかし、どちらかが「フェズ」という地名を造語したとする確実な資料は、今回確認できませんでした。
都市を築いた人物と都市名の命名者は同じとは限りません。そのため、イドリース2世を都市名の命名者とは認定しません。
人口と現在の都市範囲
GeoNamesの検索結果が示す都市座標は、北緯34.033126度、西経5.000279度です。
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、フェズ・コミューンの人口を116万7842人と記録しています。本稿の人口欄は、この自治体範囲の数値です。
同じ資料ではフェズ県が125万6172人、旧市街に当たるフェズ・メディナ区が4万9775人です。旧市街、自治体、県を同じ「フェズ人口」として混ぜないよう、一覧にはコミューンの値を採用します。
現在のモロッコの首都はラバトです。フェズは旧都であり、現首都ではありません。
二文字案の比較
非斯
二文字です。1879年の日本語地理書に「非斯府」があり、中国大陸の外交部も現在使っています。今回確認した候補の中で、日本語の歴史用例と現代中国語の公的用例をそれぞれ示せる表記です。
万国漢字志が新しく文字を作るのではなく、明治期日本語の都市表記を索引へ戻すため、制定区分は史とします。
費茲
こちらも二文字で、台湾の政府資料に現在の都市名として確認できます。「費」と「茲」を用いる繁体字圏の音訳として、根拠のある候補です。
しかし、日本語資料での直接用例は確認できません。日本語史料に「非斯府」があるため、今回は「非斯」を主表記とし、「費茲」は比較表記に残します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
フェズ
所属国
モロッコ
暫定制定都市名
非斯――史
制定状態
暫定制定・原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
「費茲」は台湾の公的用例を持つ有力な比較表記ですが、日本語での直接使用を確認できないため主表記には採りません。
未解決点は三つあります。
第一に、日本語資料における「非斯」の初出と使用期間です。1879年の『輿地誌略』には「非斯府」、1917年の官報資料には「フエズ」があります。その間にどの表記がどの程度使われたかは未確定です。
第二に、中国語圏で「非斯」「費茲」が使われ始めた時期と、それぞれの造語者です。現代の公的使用は確認できましたが、初出と命名者は未確定です。
第三に、地名Fāsそのものの由来と命名者です。モロッコ王立アマジグ文化研究所の刊行物も複数の語源説を挙げ、研究者間の一致がないとしています。イドリース一世・二世による都市建設は確認できますが、都市名を誰が定めたかまでは確定できません。
参考資料
- 内田正雄編訳『輿地誌略』巻8、修静館、1879年、67コマ
- 朝鮮総督府官報データベース「逓信省告示第1227号」、1917年
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ情勢:観光」
- 中華人民共和国外交部「モロッコ国家概況」
- 中華民国郵政「集郵天地:国際新郵」2024年
- 松原康介「モロッコ・フェスにおける植民都市と旧市街の複合過程」2000年
- GeoNames「Fes」検索結果
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別人口」
- UNESCO World Heritage Centre「Medina of Fez」
- モロッコ王立アマジグ文化研究所「モロッコの地名」項目143 Fez
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第五号
次は、マラケシュです。
フェズが王都となる前の都へ移り、日本語史料の漢字表記と、四字の既存表記を二文字・三文字へ縮める根拠があるかを検討します。
