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都市篇 · シエラレオネ

万国漢字志 都市篇 第六十三号|フリータウン――「自由城」は訳名か都市名か

フリータウンはシエラレオネ半島北岸の天然港に広がる同国の首都・港湾都市。2021年中間国勢調査のFreetown City人口は609,174人。

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意味を訳す「自由城」、音を写す「弗里敦」

都市篇第六十三号は、シエラレオネの首都フリータウンです。

この都市には、三字の公的な漢字表記が二つあります。中華民国外交部は英語名の意味を写した自由城、中華人民共和国外交部と国連は音を写した弗里敦を用います。

同じFreetownを指していても、二つの表記が保存する情報は異なります。自由城は都市名に込められた「自由な町」という意味を伝え、弗里敦は英語の音の輪郭を残します。

今回は、都市の成立史と名の意味を三字で結ぶ自由城を暫定制定都市名に採ります。ただし、これは台湾政府に既存用例のある中国語表記を、日本語の都市索引へ取り込む判断です。日本語の歴史的漢字表記が確認されたという意味ではありません。


日本語ではフリータウン

日本国外務省は、シエラレオネ共和国の首都を**フリータウン(Freetown)**と記します。同省の略史は、1787年に黒人移住希望者の入植が始まり、1792年に首都フリータウンが建設されたと整理しています。

日本の地名辞典・百科事典も、見出しにはカタカナのフリータウンを用います。平凡社『世界大百科事典』は、1792年にシエラレオネ会社が解放奴隷を入植させ、この町をフリータウンと命名したと説明します。

国立国会図書館の公開検索で、フリータウン、フリイタウン、フリートウン、弗里敦、自由城とシエラレオネの組み合わせを照合しましたが、日本語資料がこの都市の地名として用いた漢字形は特定できませんでした。

検索で表記を特定できないことは、不存在の証明ではありません。画像だけの地図、旧字体や別音写を含む本文、未デジタル化資料には未確認の用例が残る可能性があります。このため、記事データの歴史表記欄は空とします。


台湾外交部の「自由城」

中華民国外交部のシエラレオネ国情報は、首都を**Freetown(自由城)**と記します。同じページは国旗の青についても「海洋與自由城港」を象徴すると説明し、生活情報では市内を自由城と呼びます。

自由城は、英語のfreeを「自由」、townを都市を表す「城」へ置き換えた三字の意訳です。発音を再現する表記ではありませんが、都市名の意味を直接読めます。

台湾外交部は現在も首都名として使用しており、単発の自動翻訳や旅行サイトの用例ではありません。一方、誰が最初に自由城の三字を選んだか、その初出がいつかは確認できませんでした。


中国外交部と国連の「弗里敦」

中華人民共和国外交部の国家概況は、首都を**弗里敦(Freetown)**と記します。国連地名専門家グループの都市データでも、国連中国語名は弗里敦です。

弗里敦は三字の音写です。中国語音ではFreetownの音へ近づきますが、日本語漢字音で「ふつ・り・とん」と読んでも、現代日本語のフリータウンをそのまま再現できるわけではありません。

日本の中日辞典には、中国語地名の例として弗里敦をフリータウンに対応させる項目があります。ただし、これは中国語の表記を日本語で解説する用例です。日本語自身の伝統的都市名として使われてきた証拠とは分けます。


1787年の入植地と1792年の都市を分ける

フリータウンの起点は、一つの年だけでは説明できません。日本国外務省は1787年を入植開始、1792年を首都建設の年とします。

1787年には、英国から移住した人びとのための入植地がつくられました。この初期計画には奴隷制度廃止運動家グランビル・シャープが深く関わり、入植地はグランビル・タウンとも呼ばれました。しかし、この最初の入植地は争いと疾病で存続できませんでした。

1792年、シエラレオネ会社の事業として、ノバスコシアから1,100人を超える黒人移住者が到着しました。フリータウン市議会は、都市が1792年に元奴隷だった人びとによって建設されたことを、市の歴史として掲げています。

1787年の計画、1792年の恒久的な都市建設、その後に大西洋各地から移住した人びとの歴史を、単一の人物による一度の「創設」へ縮めません。


Free Townを選んだのは誰か

歴史研究は、主要入植地の名Freetownを、シエラレオネ会社の奴隷制度廃止という自己像を意識的に表した名称と説明します。別の研究は、この名がシエラレオネ会社によって選ばれたことを明記しています。

海軍士官で奴隷制度廃止運動家だったジョン・クラークソンは、ノバスコシアで移住者を募り、船団を率いて1792年の入植を指揮しました。グランビル・シャープは先行する1787年計画の中心人物でした。黒人指導者トーマス・ピーターズとノバスコシアからの移住者も、都市成立の主体です。

しかし、参照できた史料は、Free Townという二語を最初に発案した一人を特定していません。シエラレオネ会社という組織の決定を、シャープ、クラークソン、ピーターズのいずれか一人の造語へ置き換えることはできません。

したがって、著名な関係者は本文に記録しますが、都市名を個人の命名とはしません。自由城と弗里敦の漢字形についても、個人の考案者は未確認です。


「自由」の理念と植民地の現実

Freetownという名は、解放と自由の理念を正面に掲げました。研究は、この名称が会社の奴隷制度廃止の自己認識だけでなく、移住者が子どもたちを自由で幸福にしたいと望んだことも映したと論じています。

一方、名称だけで歴史全体を美化することはできません。シエラレオネ会社と移住者の間には土地、統治、通貨をめぐる対立があり、1808年以後の英国植民地統治も続きました。奴隷船から解放された人びとの再定住には、自由と強制労働が並存した局面もあります。

自由城という表記を採るときも、「自由が完全に実現した都市」という評価語にはしません。これはFree Townという歴史的な都市名の意味を示す地名として扱います。


首都と天然港

フリータウンはシエラレオネ半島の北岸、大西洋へ開くシエラレオネ川河口の天然港に発達しました。日本国外務省は同国の首都、フリータウン市議会は山地と海に挟まれた都市として位置づけています。

国連地名専門家グループの都市データは、フリータウンを首都として登録し、国連地図部門による代表座標を北緯8.43601409593度、西経13.2041483371度としています。本誌の都市地図には小数第六位へ丸めた北緯8.436014度、西経13.204148度を用います。

この値は国連データ上の都市代表点です。市役所の入口、市域の重心、港湾施設の中心を精密に示すものではありません。


2021年人口は609,174人

シエラレオネ統計局の2021年中間人口・住宅国勢調査最終速報は、地方議会別のFreetown City人口を609,174人としています。内訳は男性292,411人、女性316,763人です。

本稿は、都市を管轄する地方議会の範囲としてこの数値を一覧へ載せます。西部地域全体の1,271,330人や、郊外を含む別の都市圏推計とは混ぜません。

同じ公式表の2015年値は1,055,964人で、2021年値は42.3%減です。フリータウン市長は、速報段階の606,701人について、有権者登録数との比較などを挙げて過少計数の懸念を統計局へ表明しました。

したがって609,174人は、現時点で採用する公式調査値ではあっても、無争点の実人口推計ではありません。一覧では出典と行政範囲を明示し、数値を都市圏人口の確定値として拡張しません。


三字案の比較

自由城

三文字です。中華民国外交部がFreetownの首都名として現在使用し、英語名の意味を直接伝えます。1792年の都市名成立と、漢字だけでつながる利点があります。

反面、英語の発音は示しません。「自由城」を日本語で見ただけでは、フリータウンという現代名を復元しにくい表記です。

弗里敦

三文字です。中華人民共和国外交部と国連が用いる公的な音写で、Freetownの音の輪郭を優先します。意味を訳名として固定しない点も利点です。

ただし、日本語漢字音と英語音の距離があり、文字から「自由な町」という名称の由来は読めません。日本語の歴史的使用も未確認です。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、三字の自由城を採ります。制定区分は創です。

自由城という文字列自体は本稿の造語ではなく、台湾外交部の既存用例です。しかし、日本語で広く使われる表記や歴史資料の用例を継承するのではなく、現代中国語圏の意訳を日本語の都市索引へ新たに取り込むため、区分を創とします。

音写の弗里敦も、中国外交部と国連の公的表記として併記します。自由城の採用は、弗里敦を誤りとする判断ではありません。今回は二つの三字形のうち、都市成立史と名称の意味を読める形を優先しました。

漢字表記の考案者は未確認です。台湾外交部、シエラレオネ会社、都市成立に関わった著名人を、自由城の個人命名者として登録することはしません。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

フリータウン

所属国

シエラレオネ

台湾政府表記

自由城

中国大陸・国連表記

弗里敦

暫定制定都市名

自由城――創

制定状態

暫定制定・日本語原典、二つの漢字形の初出、都市名決定記録を継続調査


採らなかった表記と未解決点

弗里敦は、中国外交部と国連が用いる直接的な都市名であり、音写としては自由城より強い候補です。しかし、今回はFreetownの意味と1792年の都市成立を示せる自由城を採りました。

自由城を日本語の既成表記とは扱いません。台湾の公的用例は確認できても、日本語資料における歴史的な都市名としての用例は未確認だからです。

未解決点は、日本語資料の漢字表記、自由城と弗里敦の初出・選定者、シエラレオネ会社内部でFree Townの名称を決めた議事・指示記録、1787年の入植地と1792年の都市を結ぶ制度上の連続性、国勢調査人口の評価です。

グランビル・シャープ、ジョン・クラークソン、トーマス・ピーターズは都市成立史の重要人物です。ただし、一人をFreetownの語の造語者とする直接資料は確認できないため、命名者とは登録しません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第六十四号

次は、コナクリです。

シエラレオネ半島からギニア沿岸へ進み、島と半島へ広がった首都の成り立ち、地名の語源、漢字圏の表記を分けて調べます。