三字「巴薩姆」と四字「大巴薩姆」
都市篇第六十七号は、コートジボワール南東部の港町グラン・バッサムです。
中国語圏の公的資料には、Grand-Bassamを四字の大巴萨姆または大巴薩姆と記す用例が複数あります。一方、中国商務部の2025年版国別ガイドには、市を指す短い形の巴萨姆が現れます。
今回は、この直接用例を日本で通常用いる字体へ直した三字の巴薩姆を暫定制定都市名に採ります。都市篇が二字・三字を主流とする方針に収まり、Grandを表す「大」を含む四字形と役割を分けられるためです。
ただし、巴薩姆は日本語の古い漢字名を掘り起こしたものではありません。簡体字の巴萨姆を字体変換して、日本語の都市索引へ新たに取り込む形です。四字の大巴薩姆は、中国語圏で公的に使われる完全形として併記します。
日本語史料もカタカナで記した
ユネスコ世界遺産センターの日本語表示は、登録資産をグラン・バッサム歴史都市と記します。日本国外務省も2016年の外務報道官談話でグラン・バッサムと表記しています。現在の日本語では、都市名も世界遺産名もカタカナ表記が基本です。
国立国会図書館デジタルコレクションでは、1887年の『官報』に「グラン、バッサム」、1890年の『政家年鑑 明治23年12月刊』に「グランド、バッサム」、1896年の『逓信法規類纂 電信編―明治29年6月現行』に「グランドバッサム」とあることを確認できます。区切り方と長音の有無は異なりますが、明治期の日本語公刊資料はいずれもカタカナで記していました。
2026年9月24日、国立国会図書館サーチの公開検索で、グラン・バッサム、グランド・バッサム、Grand-Bassam、大巴薩姆、大巴萨姆、巴薩姆、巴萨姆も照合しました。しかし、日本語資料がこの都市の地名として用いた歴史的な漢字形は特定できませんでした。
公開検索で特定できないことは、不存在の証明ではありません。画像だけの地図、本文検索できない資料、別の綴りや音写には未確認の用例が残る可能性があります。このため、日本語の歴史表記は登録せず、継続調査とします。
公的資料にある三つの漢字形
中華人民共和国外交部領事服務網のコートジボワール国情報は、2016年の襲撃事件の発生地を大巴萨姆と記します。2010年の中国大使館報告にも、同じ四字形が都市名として現れます。
台湾文化資産局の世界遺産紹介は、登録名を歷史城鎮大巴薩姆としています。大陸の大巴萨姆と台湾の大巴薩姆は字体が異なるだけで、Grandを「大」、Bassamを「巴薩姆」に対応させる同じ四字構成です。
これに対し、中国商務部の『対外投資合作国別(地区)指南 コートジボワール(2025年版)』は、アビジャンの東にある都市の地域を巴萨姆市地区と記します。大を省いた巴萨姆が、公的資料で現実に都市へ使われている直接用例です。
国連文書の中国語版には、別の三字形もあります。事務総長報告S/2005/398は小型武器・軽兵器会議の開催地を大巴桑とし、S/2016/566もマノ川同盟の会議開催地に同じ表記を用います。
大巴桑は三字ですが、最初の「大」がGrandを受け持ち、Bassamの部分を「巴桑」の二字で写す構成です。Grandを省いてBassamを三字で写す巴萨姆とは短縮の仕方が異なり、「桑」は「萨/薩」とも異なります。
制定形を選ぶうえでは、三字であることだけでなく、Grandを省いた短い市名として巴萨姆が直接使われていることを重視します。本稿ではこれを日本の字体へ直して巴薩姆とし、同じ「萨/薩」系の四字形である大巴薩姆を都市の完全形として残します。
名の由来は一つに定まらない
ユネスコへの世界遺産推薦書は、Bassamという名について複数の解釈を紹介しています。
一つは、アブレ語のAlsamを「夜が訪れた」または「夜である」と解する説です。もう一つは、ンジマ語のBazouaminを「荷物を運ぶのを手伝って」という意味に結び付ける説です。
同じ推薦書は、ヨーロッパ人の記録がコモエ川をBassant、Bassan、Bassamなどと綴ったことも示します。現在の地名がどの語から、どの段階を経て定着したのかは、一つの説明だけでは確定できません。
したがって、特定の語源を決定版とはせず、個人の命名行為にも結び付けません。漢字表記の考案者も確認できていません。
最初の植民地首都と港
ユネスコはグラン・バッサムを、コートジボワール最初の植民地首都として位置づけています。海岸とエブリエ潟湖の間に、商業地区、行政地区、ヨーロッパ人居住地区、アフリカ人居住地区が計画され、隣にはンジマ人の漁村がありました。
町は主要港として発展し、植民地の経済・行政・司法の中心を担いました。のちに首都機能はバンジェルビルへ移り、さらにアビジャンへ続きます。現在のコートジボワールの首都はヤムスクロであり、グラン・バッサムは首都ではありません。
首都だった期間には、公的資料の間で一年のずれがあります。ユネスコの支援事業ページは1893年から1900年と記す一方、アビジャン自治地区の公式史は1893年から六年間、1899年までと説明します。
ここでは、どちらか一方へ日付をそろえません。ずれの理由は引用資料だけでは確定できないため、両方の記録を残します。
2012年登録の歴史都市
グラン・バッサム歴史都市は、2012年にユネスコ世界遺産へ登録されました。植民地都市として計画された街区と、先行するンジマ人の漁村が一つの登録資産に含まれます。
ユネスコは、都市計画と建築だけでなく、港湾・商業活動を通じて町が経済、行政、司法の中心となった歴史を評価しています。植民地政府が整えた区域だけを切り出さず、登録区域内のアフリカ人居住地区と漁村を含む複数地区の重なりを見る必要があります。
登録資産は、現在も人びとが暮らす市街地です。世界遺産という呼び名は、町全体が過去の展示物になったことを意味しません。
世界遺産地区を示す座標
ユネスコの世界遺産地図は、構成資産1322-001の座標を北緯5度11分45秒、西経3度44分11秒としています。十進法では北緯5.195833度、西経3.736389度です。
この点は、歴史都市として登録された区域を示す代表座標です。グラン・バッサム市役所の位置、市域の重心、現在の港湾施設の中心を精密に示す値ではありません。
公式サイトの地図では、この性格を踏まえて世界遺産地区の代表点として用います。
2021年の都市集落人口は107,249人
コートジボワール国家統計庁の2021年人口・住宅国勢調査は、主要都市集落の表でGrand-Bassamを107,249人と集計しています。基準日は2021年12月14日です。本誌の一覧には、市街地に対応するこの都市集落人口を載せます。
別の全体表では、GRAND-BASSAMのsous-préfecture/commune人口が124,567人と記されています。内訳の男性63,206人と女性61,362人を足すと124,568人になり、印刷された総数とは1人差があります。124,567人を参照する場合は、公表表の総数であることと、市街地より広い行政範囲であることを併記する必要があります。
GRAND-BASSAM県全体は、さらに広い267,103人です。都市集落107,249人、sous-préfecture/commune 124,567人、県267,103人は、同じ地域名を含んでいても集計範囲が異なります。
三つの表記を使い分ける
巴薩姆
中国商務部の2025年版ガイドにある巴萨姆市地区を、日本で通常用いる字体へ直した三字形です。都市名としての直接用例があり、都市篇の三字優先にも合います。
ただし、巴薩姆そのものが日本語史料に見えるわけではありません。簡体字の「萨」を「薩」へ変えた、日本語側の字体変換です。
大巴薩姆
中国外交部の大巴萨姆と台湾文化資産局の大巴薩姆に対応する四字形です。Grand-Bassamの全体を写し、現在の公的資料で複数確認できる強みがあります。
一方、都市篇では根拠のある二字・三字形を標準とします。三字の直接用例が確認できる今回は、大巴薩姆を完全形として保存し、制定形には巴薩姆を選びます。
大巴桑
国連事務総長報告の中国語版で、2005年と2016年に確認できる三字形です。国際機関が都市へ直接用いた表記として記録します。
ただし、第一字の「大」がGrandを表し、Bassamの部分は「巴桑」です。Grandを省いた短い都市名として巴萨姆を用いる中国商務部の例とは構造が異なり、大巴萨姆/巴萨姆の「萨」とも字がつながりません。このため、三字であっても制定形には採りません。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の巴薩姆を採ります。制定区分は創です。
巴薩姆は、本稿が根拠なく切り縮めた字列ではありません。中国商務部が都市へ直接用いる巴萨姆を、日本で用いる字体へ直した形です。四字の大巴薩姆にも、中国外交部と台湾文化資産局の公的用例があります。
それでも創とするのは、日本語の歴史表記を継承するのではなく、中国語圏の音写を日本語の都市索引へ新たに取り込むためです。創は、この字列を世界で最初に考案したという表示ではありません。
四字の大巴薩姆は、Grandを含む完全形として併記します。三字と四字を競合する別名にせず、短い制定形と公的な完全形として使い分けます。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
グラン・バッサム
所属国
コートジボワール
中国大陸表記
大巴萨姆/巴萨姆
台湾政府表記
大巴薩姆
国連中国語表記
大巴桑
暫定制定都市名
巴薩姆――創
完全形
大巴薩姆
制定状態
暫定制定・日本語原典、各漢字形の初出と選定者を継続調査
採らなかった表記と未解決点
大巴薩姆は、中国語圏の公的資料に複数の直接用例がある完全形です。今回は、同じ都市を指す三字の公的用例があり、都市篇の文字数方針にも合うため、制定形には巴薩姆を採りました。大巴薩姆を誤記や不要な形として退ける判断ではありません。
巴薩姆を日本語の既成表記とは扱いません。国立国会図書館サーチの公開検索では歴史的な日本語用例を特定できず、採用形も簡体字の巴萨姆からの字体変換だからです。
未解決点は、日本語資料における漢字表記、大巴萨姆・大巴薩姆・巴萨姆・大巴桑の初出と漢字選定者、Bassamという地名の語源を確定できる初期記録です。語源については、アブレ語、ンジマ語、ヨーロッパ側の河川名表記という複数の説明を残します。
参考資料
- ユネスコ世界遺産センター「Historic Town of Grand-Bassam」
- ユネスコ世界遺産センター「Historic Town of Grand-Bassam: Maps」
- コートジボワール政府提出『Historic Town of Grand-Bassam』世界遺産推薦書
- ユネスコ世界遺産センター「Support for conservation and management of the Historic Town of Grand Bassam, Côte d’Ivoire」
- 外務省「コートジボワール共和国 基礎データ」
- 外務省「コートジボワールにおけるホテル襲撃事件について(外務報道官談話)」
- 中華人民共和国外交部領事服務網「科特迪瓦」
- 中華人民共和国外交部「亲历科特迪瓦总统大选」2010年
- 中華人民共和国商務部『对外投资合作国别(地区)指南 科特迪瓦(2025年版)』
- 国連安全保障理事会『事務総長報告』S/2005/398、中国語版
- 国連安全保障理事会『事務総長報告』S/2016/566、中国語版
- 文化部文化資産局「歷史城鎮大巴薩姆」
- コートジボワール国家統計庁『RGPH 2021 Tome 1』
- コートジボワール政府『RGPH 2021 Résultats globaux』
- 『官報』1887年「グラン、バッサム」用例
- 『政家年鑑 明治23年12月刊』1890年「グランド、バッサム」用例
- 『逓信法規類纂 電信編―明治29年6月現行』1896年「グランドバッサム」用例
- 国立国会図書館サーチ
- アビジャン自治地区「L'historique」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第六十八号
次は、バンジェルビルです。
グラン・バッサムから引き継いだ植民地首都の歩みをたどり、首都継承の次の都市名と漢字圏の表記を調べます。
