展覧会が巡回した「ハレ(ザーレ)」
美術展の巡回先には、町の名が短く並びます。国立アートリサーチセンターのインタビューで、保坂健二朗氏が挙げる都市の一つが**ハレ(ザーレ)**です。クラクフとともに、日本の美術を紹介する展覧会の行き先として登場します。
中国大使館のインタビューには哈雷市、別の総領事館掲載文には哈勒市。日本語の括弧を外して二字だけ並べると、同じ都市を指すという手掛かりも減ります。本稿では資料の文脈を確かめ、哈雷を暫定案とします。
歴史表記
ハレ(ザーレ)を指す日本語の歴史的漢字表記は、現時点では原典未確認です。 字面が見つかることと、都市名の先例が見つかることは同じではありません。
国立国会図書館の電子展示「日記の世界」は、福島安正の1910年5月19日の日記を紹介し、翻刻に哈勒[ハレ―]彗星と記しています。これはハレー彗星についての記述です。都市ハレの漢字用例としては採りません。今回確認したのは電子展示の翻刻であり、日記原本の筆跡を判読したという意味でもありません。
本誌が必要とするのは、漢字と場所が結び付いた用例です。現代の中国語資料にある哈雷・哈勒を、日本語の古い地理書に載る形へ繰り上げず、初出と選字者は未確認のまま残します。
日本語での用例
国立美術館・国立アートリサーチセンターのJUMP公式サイトに掲載された保坂健二朗「言葉にできない“感性”を伝える」は、2026年9月24日付のインタビューです。展覧会の巡回を振り返る段落に、ドイツの**ハレ(ザーレ)**とあります。
本文には展覧会名に添えられた2014年という年もありますが、本誌が日本語表記を確認したのは2026年掲載の電子本文です。この回想だけで、2014年当時の日本語印刷物にも同じ表記があったとは判断しません。
本誌の現代日本語都市名は、この公的用例に合わせて**ハレ(ザーレ)**とします。括弧内は今回の資料にもある区別の手掛かりで、本誌が新たに作った歴史的別名ではありません。対象はザクセン=アンハルト州のHalle (Saale)。Halleという綴りだけを根拠に、ヴェストファーレンの同名都市の資料を合流させません。
中国語圏その他の表記との比較
中国駐ドイツ大使館の「史明德大使接受《经济+市场》杂志采访」には、2017年5月3日の掲載表示があります。大使の回答中に、包装材企業の工場の所在地として、州名に続く哈雷市を確認できます。ここでは工場名そのものではなく、所在地の市名として使われています。
一方、中国駐フランクフルト総領事館が2012年5月17日付で掲載した「德国成为中国企业海外投资最青睐的国家」は、哈勒市と記します。本文でドイツ東部の州に位置すると説明し、同じ包装材企業にも触れています。末尾に「来源:经济观察家」とある転載文なので、総領事館自身の現地調査報告とは呼びません。
これらは現代中国語の二つの実例です。後の用例が前の用例を正式に改称したという証拠はなく、二つの掲載年から漢字の成立順や命名者を決めることもできません。
二文字・三文字案の比較
哈雷
大使館が掲載したインタビューの本文で確認できた二字です。字体を変えずに使え、本誌がどこから取ったかを明示できます。今回はこの形を採ります。
ただし、雷の一般的な日本語の音読みは「ライ」です。二字を通常の音読みで並べても、ハレという現地名の日本語表記は得られません。哈雷にはハレ(ザーレ)の読みを添えます。
哈勒
総領事館掲載文で確認した、もう一つの二字形です。こちらにも都市名の用例はありますが、勒の音読み「ロク」を使えばハレに近づくというものではありません。
哈雷より古い掲載例を今回見つけたことは、そのまま初出や日本語での伝統性を意味しません。既存の別形として残し、今回の採用形とは分けます。
哈雷市
大使館本文では市を添えた三字が現れます。ただし、市は自治体を表す語で、Halleの音をもう一段細かく写す字ではありません。この三字ならザーレの市だけを区別できる、という根拠にもなりません。
本誌は都市名本体を哈雷の二字とし、日本語名の括弧と所属州で場所を示します。字数を三字にするためだけに行政区分の字を組み込みません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
ハレ(ザーレ)
所属国
ドイツ
確認した現代中国語表記
哈雷/哈勒
暫定制定都市名
哈雷――既
制定状態
暫定制定・原典継続調査
大使館掲載の既存の文字列を変更せず採るため「既」です。日本語の歴史表記を確認したという「史」でも、本誌による新しい選字という「創」でもありません。同名異地を区別する情報は、ハレ(ザーレ)という日本語名と併記します。
人口はDestatis年次版の2025年12月31日現在226,186人。2022年国勢調査を基礎とする公式人口更新統計で、2026年8月版、同日境界のHalle (Saale), Stadtの自治体全体です。工場の従業員数、旧市街だけの人口、空港周辺や隣接市を含む都市圏人口ではありません。
採らなかった表記と未解決点
哈勒は誤記として捨てず、確認した別用例として残します。一方、哈勒彗星の二字は、同じ文字が現れるだけでは都市名の証拠にならない例です。人名・天体名・同名異地を、音や文字の近さだけで束ねないことがこの都市の調査では欠かせません。
採用した哈雷にも、二字だけでHalle (Saale)を一意に指せる保証はありません。通常の日本語の読みと現地名との隔たりを、漢字が二字に収まったことで解消したとは考えません。
日本語の歴史的漢字用例、両中国語形の初出、選字者、各地域での使用範囲は継続調査です。現段階で確認できるのは、ここに挙げた各資料の用字と文脈です。
参考資料
- 保坂健二朗「言葉にできない“感性”を伝える」、国立アートリサーチセンター・JUMP、2026年9月24日掲載。巡回先としてハレ(ザーレ)。
- 「福島安正:明治43(1910)年5月19日の日記より」、国立国会図書館憲政資料室「日記の世界」。電子展示の翻刻。1910年は日記の日付で、ウェブ掲載年ではありません。哈勒彗星を都市用例から除外。
- 「史明德大使接受《经济+市场》杂志采访」、中国駐ドイツ大使館、2017年5月3日掲載表示。回答本文に哈雷市。
- 「德国成为中国企业海外投资最青睐的国家」、中国駐フランクフルト総領事館、2012年5月17日掲載。出典表記は「经济观察家」。本文に哈勒市。
- 『Gemeindeverzeichnis』年次2025版、Destatis、2026年8月版。人口・境界2025年12月31日。
- 「ドイツ基礎データ」、日本国外務省、2025年6月3日表示。首都ベルリンの根拠。
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。
次回予告|都市篇 第二百三十八号
次回はマインツを予定しています。さいたま市の交流資料にある日本語名と、中国総領事館の美因茨を比べます。
