万国漢字志

都市篇 · ドイツ

万国漢字志 都市篇 第二百五号|ハンブルク――「漢堡」に添えられたハンブルグの読み――

平井肇訳『狂人日記』の電子翻刻に見える漢堡とハンブルグ。現在の公的用例と比べ、同じ二字でも読みを省けない理由を考える。

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小説の月と、二字の町の名

ハンブルクの漢字を探して、月の話に出会いました。

ゴーゴリの『狂人日記』には、月がある町で作られている、という奇妙な語りがあります。平井肇による日本語訳の電子翻刻で、その町は漢堡。添えられた読みはハンブルグです。

月がそこで製造されたという出来事を、町の歴史として採るわけではありません。見るのは、架空の語りを日本語へ移した文章に、どんな地名と読みが使われたかです。たった二字ですが、現在のハンブルクという呼び名との間には、確かめておきたい違いがあります。


歴史表記

青空文庫の平井肇訳『狂人日記』には、本文の月について語る箇所に**漢堡(ハンブルグ)**が見えます。

末尾の底本情報は、岩波文庫『狂人日記』の1937年6月15日発行、1938年1月30日第3刷を記しています。今回確認したのは、その本を底本とする電子翻刻の本文です。1938年の刊本の原頁画像まで実見した、という意味ではありません。底本情報と翻刻の表示を手がかりに、古い日本語訳に由来する用例として扱います。

作品末尾の「一八三四年作」は、ゴーゴリの作品の成立に関する表示です。日本語の漢堡という表記やハンブルグというルビが1834年から使われていたことを示しません。漢字表記の初出も、選字者も、ここからは決められません。


日本語での用例

電子翻刻のハンブルグと、現代の公的な用例のハンブルクは、末尾の濁点が異なります。

在ドイツ日本国大使館の「在ドイツ日本国大使館及び総領事館」では、見出しに在ハンブルク総領事館、その隣にJapanisches Generalkonsulat Hamburgとあります。住所にもHamburgが使われており、日本語の都市名との対応を確かめられます。本誌の現代日本語名は、このハンブルクとします。

古い読みを見つけたからといって、翻刻のハンブルグをハンブルクへ黙って直すことはしません。同時に、昔の読みがあることだけを理由に、現在の都市名までハンブルグとする必要もありません。漢字二字の継承と、日本語の読みの選択を分けて考えます。

なお、ルビが一例確認できても、その時代の日本語で一つの発音だけが使われていたとまではいえません。発音の変化や各表記の使用割合を調べたものではありません。


中国語圏その他の表記との比較

中国外交部の「驻汉堡总领事丛武拜会汉堡市副市长费格班克」は、2024年7月8日付の報告です。冒頭は同月5日の訪問を記し、市と副市長の説明に汉堡市を使っています。

原文の都市名は汉堡です。漢堡との関係では、先頭の汉と漢の字形が異なり、堡はそのままです。ここでは中国語原文の字形と、日本語訳の電子翻刻に実際にある漢堡とを、別々の用例として示します。

本誌案の漢堡を、中国語原文だけから新しく漢へ直した表記として説明するのも正確ではありません。今回は日本語の翻刻そのものに漢堡が見つかっています。中国語資料は、それと比較できる現代の一例です。どちらの言語からどちらへ伝わったかを、この二資料だけで確定することはできません。


二文字・三文字案の比較

漢堡

日本語訳の電子翻刻で確認できた二字です。二字の構成をそのまま採るので、都市篇の標準の字数に収まります。

漢には「カン」、堡には「ホ」「ホウ」などの読みがありますが、これを続けるだけでハンブルクという全体の読みが自動的に分かるわけではありません。漢堡にはハンブルクの読みを添えることを前提にします。翻刻のルビと本誌の現代日本語名に違いがあることも、そのまま示します。

半堡

「ハン」の手がかりを置く、本誌の二字創案です。確認した漢を半へ替える理由が必要になるうえ、残りの音が堡一字で読めるようになるわけでもありません。既存の歴史的異表記として見つけたものではありません。

漢布堡

中間に布を足して三字にする、本誌の比較案です。布によって「ブ」を連想しやすくしても、「ルク」まで一定の読み方にできるとは限りません。今回確認した原文の二字を変えてまで採る利点は小さいと考えます。

二字の形を残し、読みを明示する方を選びます。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ハンブルク

所属国

ドイツ

日本語訳の電子翻刻で確認した表記と読み

漢堡(ハンブルグ)

確認した現代中国語表記

汉堡

暫定制定都市名

漢堡――既

制定状態

暫定制定・原典継続調査

確認できた既存用例の二字を、そのまま採ります。古い刊本の原頁確認を残しているため、本稿では「史」の判定へ進めず「既」とします。「既」は、現代になって初めて作られた、という意味ではありません。

人口はドイツ連邦統計局(Destatis)の自治体一覧年次版による、2025年12月31日現在1,869,473人。人口と自治体境界はいずれも2025年12月31日を基準とし、2026年8月公表の版を用います。2022年国勢調査を基礎とする公式人口更新統計で、住民登録簿による別集計の人口や都市圏人口とは区別します。対象はHamburg自治体全体です。北ドイツ統計局が2026年7月9日に公表した同日人口とも一致します。


採らなかった表記と未解決点

半堡と漢布堡は本誌が比較のために置いた案で、用例を確認した旧名ではありません。汉堡は現代中国語の原文として残します。

漢堡の日本語での初出、選字者、伝来経路、刊本原頁のルビは要継続調査です。1938年の底本があるという情報を、日本語での初出年に読み替えません。原頁を確認した際には、漢字とルビだけでなく、電子翻刻の注記や文字の扱いも照合する必要があります。

翻刻の読みはハンブルグ、本誌の現代日本語名はハンブルク。漢字名を使い続けるためにも、この小さな違いを見える形で残しておきます。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。


次回予告|都市篇 第二百六号

次回はミュンヘン。原文の「慕尼黑」と、日本語で使う字形の関係を考えます。