万国漢字志

都市篇 · ドイツ

万国漢字志 都市篇 第二百五十五号|ヘルネ――「黑尔讷」の三字をどう移すか――

九州大学所蔵論文のヘルネHerneと中国外務省の黑尔讷を確認。旧名Haranniの現行解説と歴史原典を分け、黒爾訥を字体調整した暫定案とする。


論文に併記されたヘルネHerne

九州大学が公開する環境史の論文には、ヘルネHerneと、カタカナと現地綴りを続けた箇所があります。漢字を読む話へ進む前に、この併記が市名の足場になります。

中国外務省の市長訪問報告では黑尔讷。日本語の文字で移すなら、黒爾訥という三字が考えられます。ただし、字体を移しても日本語の読みまで自動的に決まるわけではありません。今回は三字の対応を保つ案と、短縮・置換の案を比較します。


歴史表記

ヘルネの日本語の歴史的漢字表記は、現時点では原典未確認です。 今回得た日本語用例はカタカナとラテン文字です。現代中国語の黑尔讷を、日本の古い地理書に載る表記として扱うことはできません。

市公式の「Stadtgeschichte」は、初期の地名をHaranniと紹介しています。年表では、880/884年頃にヴェルデン修道院の台帳に名が現れると説明しています。

本稿が読んだのは市が現在公開する解説で、修道院台帳の原本画像そのものではありません。Haranniという旧名の紹介と、日本語の歴史漢字の確認は別です。また、旧名を現在の市名へ置き換えたり、記載年を黑尔讷の成立年としたりもしません。


日本語での用例

田北廣道の「19-20世紀ドイツにおける環境行政の諸局面:環境史の挑戦」は、2004年4月30日刊の『經濟學研究』70巻4・5合併号に載る論文です。九州大学の公開PDFで、335頁の「ヘルネHerne」を確認できます。

この箇所は、論文末尾に置かれた1915年の裁判についての抄訳の中にあります。1915年は紹介対象の判決の年であり、日本語のカタカナの使用をそこまで遡らせる根拠にはなりません。本稿が確認したのは2004年の日本語論文での用字です。論文が参照する史料集や判決原本を直接読んだとも主張しません。

国土交通省サイトの「海外での連接都市圏事例分析」も、5-188頁のルール地域連合の構成自治体表にヘルネ市を挙げています。近隣の独立市と並べられた日本語名の用例として参照し、同表に付された出典の元サイトまで実見したことにはしません。


中国語圏その他の表記との比較

中国外務省の「驻杜塞尔多夫总领事余勇到任拜会黑尔讷市长杜达」は、2025年8月22日の掲載表示です。本文が報告する訪問は8月21日。見出しにも本文にも黑尔讷があります。

中国駐デュッセルドルフ総領事館の2023年4月12日の訪問報告でも、同じ黑尔讷が使われています。こちらは本文も4月12日の訪問を報じています。異なる年の二つの掲載で用字が一致することを確認できますが、これで初出が2023年と決まるわけではありません。

本誌案の黒爾訥は、黑を黒、尔を爾、讷を訥へ移したものです。三字の順番と対応を保ちます。原文の字体そのままではないため、この操作は本誌による調整として示します。他の中国語圏の用字まで確認済みとはしません。


二文字・三文字案の比較

黒訥

字体を調整した黒爾訥から、真ん中の爾を省く本誌の二字案です。既存の都市名用例は未確認です。短くなりますが、もとの三字の一つを落とす根拠がありません。

黒と訥をコク・トツと音読みしてもヘルネにはなりません。省略によって読みやすくなるとはいえないため採りません。

黒爾音

最後の字を、日本語の「ね」を連想できる音へ置き換える本誌の三字案です。ただし、音の「ね」は訓読みです。黒・爾と並べても一貫した読み方にはならず、ヘルネ全体の音を説明できるわけではありません。

この形も既存用例は未確認です。最後だけを日本語の読みへ寄せる利点より、原文の讷との対応を失う不利が大きいと考えます。

黒爾訥

確認した黑尔讷に一字ずつ対応させ、字体を調整する三字案です。省略せず、出典の各字へ戻れることを採用理由にします。二字・三字という本誌の標準内です。

通常の日本語音読みのコク・ジ・トツから、ヘルネという読みは導けません。ここで添えるヘルネの読みは日本語用例に基づく都市名であり、三字の音読みの合成ではありません。中国語の文字列を移すことと、現地発音を再現することを分けます。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ヘルネ

所属国

ドイツ

確認した現代中国語表記

黑尔讷

暫定制定都市名

黒爾訥――改

制定状態

暫定制定・原典継続調査

既存の黑尔讷をもとに字体を調整するため「改」です。中国語の原文を無変更で採る「既」とも、日本語の歴史原典に基づく「史」とも区別します。

人口はDestatis年次版の2025年12月31日現在156,266人。2022年国勢調査を基礎とする公式人口更新統計で、人口・自治体境界とも2025年12月31日、2026年8月刊の版を使います。範囲はHerne, Stadtの自治体全体です。ルール地方全体や隣接するボーフムなどを含めた都市圏人口へ広げません。


採らなかった表記と未解決点

黒訥は一字省略する案、黒爾音は末尾を入れ替える案です。いずれも本誌の比較案であって、確認済みの異表記ではありません。三字の黒爾訥を採っても、日本語で自然に読めるという問題は解決しないため、読みを必ず添えます。

漢字表記の初出と選字者、日本語の歴史刊本での使用、他の中国語圏の用例は継続調査です。Haranniを紹介した市の解説も、中世の台帳を実見した証拠にはなりません。

また、日本語論文の抄訳が扱う過去の地域と、2025年人口の自治体範囲が時代を越えて同じだとは主張しません。用字の確認と現在の市域人口は、それぞれの資料が答える範囲で結び付けています。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。


次回予告|都市篇 第二百五十六号

次回はハイデルベルクを予定しています。熊本市が友好都市として紹介する日本語名を手掛かりに、漢字表記の用例と候補を調べます。