同じ三字が州と都市に重なる
都市篇第三十八号は、セネガル中部の州都、カフリンです。
前号のカオラックから東へ進むと、落花生盆地の内陸側にカフリンがあります。日本の国際協力機構は、任地をカフリン州カフリン県カフリン市と記しています。州、県、市が同じ名を持つため、資料の数字や説明がどの範囲を指すのかを確かめなければなりません。
中国語圏では、Kaffrineを三字の、
卡夫林
と記す例があります。
ただし、中国商務部の用例は中部の農業地域を並べた文脈で、主に州を指します。一方、台湾の中央通訊社は交通事故の記事で「卡夫林鎮」と書き、都市を直接指しています。同じ三字が行政地域とその中心都市の双方に使われることを、二つの資料を組み合わせて確認できます。
日本語では「カフリン市」
JICA海外協力隊の要請情報は、任地を「カフリン州カフリン県カフリン市」と階層ごとに分けています。配属先の保健区についても、カフリン市と周辺村落を管轄すると説明しています。
別のJICA記事では、現地隊員が「カフリンという街」で活動していると記し、同市がカフリン州の州都であることにも触れています。現代日本語の公的・準公的資料では、都市名はカタカナのカフリンで安定しています。
州名だけが書かれた農業・保健資料も多いため、「カフリン」という語を見つけただけでは都市の証拠になりません。本稿では「市」「街」「コミューン」と範囲を特定できる資料を都市の説明に使います。
中国語圏の「卡夫林」
中国商務部の駐セネガル共和国大使館経済商務処は、セネガルの農業産業集群を紹介する記事で、中部地域を「考拉克、久尔贝勒、法蒂克、卡夫林」と列挙しています。最後の卡夫林がKaffrineです。
この資料だけなら、対象は都市ではなく州です。そこで都市を直接指す例も確認します。
台湾の中央通訊社は2023年、セネガル中部のバス事故を報じ、事故現場から被害者が運ばれた先を「卡夫林鎮」の病院と医療施設だと記しました。「鎮」を伴うため、ここでの卡夫林は州ではなく都市を指します。
簡体字と繁体字の差もなく、どちらも卡夫林です。卡・夫・林の三字でKaffrineの音を写す既存形として扱えます。
ただし、この二資料は初出を示すものではありません。中国語圏の地名標準を定めた機関による制定記録や、最初に三字を選んだ人物は確認できていません。
日本語の歴史的漢字形は未確認
国立国会図書館サーチ、デジタルコレクション、外務省とJICAの公開資料で、カフリン、Kaffrine、卡夫林などを照合しました。
確認できた日本語資料は、カタカナのカフリンです。都市を指す歴史的な日本語漢字表記は確認できませんでした。そのため、歴史表記は未収録とします。
これは、漢字で記された例が過去に存在しなかったという断定ではありません。カフリンは植民地期の鉄道と落花生交易にも関わるため、旧フランス領西アフリカの地理書、鉄道資料、商業名鑑には未確認の余地があります。
現段階では、卡夫林を日本語史料から復元した表記とは扱いません。中国語圏の既存用例を、日本語の都市索引へ暫定的に取り込む案とします。
2008年に生まれた州の中心
カフリンは以前、カオラック州に属する県の中心でした。セネガル政府の地域資料は、カフリン州が2008年に設置されたことを記しています。政府の地方開発資料も、カフリンとンガンダを結ぶ道路について、カフリンを州都と説明しています。
一方、国家の首都はダカールです。公式サイトの「首都」表示は国家首都かどうかを示すため、カフリンは首都ではないと登録します。紹介文では、行政上の役割を落とさないようカフリン州の州都と明記します。
州都になった2008年と、都市そのものの成立時期も分ける必要があります。行政地域の新設は、カフリンという集落や都市の命名ではありません。
落花生盆地の東西軸
カフリンは、セネガル中部の落花生盆地に位置します。中国商務部の記事も、カオラック、ジュルベル、ファティック、カフリンを、落花生、穀物、塩に重点を置く中部の農業拠点としてまとめています。
ジガンショール大学の研究は、カフリンをダカール―タンバクンダ軸上の都市と説明し、カオラック、タンバクンダ、トゥーバ、ガンビアへ開く交通上の位置を指摘しています。
カオラックが市場、港、道路の結節点として発達したのに対し、カフリンはさらに内陸の農業地域を東西の幹線へつなぐ位置にあります。前号から続けて読むと、同じ落花生盆地でも都市の規模と行政上の役割が異なることが見えてきます。
コミューン人口は5万7307人
セネガル国家統計・人口経済分析庁の『人口推計 2023―2073』は、2023年国勢調査を基準に、州、都市部・農村部、県、郡、コミューンを分けて人口を掲げています。
カフリンのコミューン行は、男性2万9105人、女性2万8202人、合計、
5万7307人
です。
同じ表にあるカフリン県28万787人、カフリン州82万404人とは別の値です。州・県・市が同名だからこそ、公式サイトではコミューンの値だけを都市人口として採ります。
セネガル政府の国家地図機関が公開する測地標「Kaffrine」の座標は、北緯14度06分29.4066秒、西経15度33分12.2708秒です。十進法に直し、小数第六位に丸めると北緯14.108169度、西経15.553409度になります。
この標識は市内の新リセ敷地内に置かれた測地基準点です。公式サイトの地図では都市を示す代表点として使いますが、コミューンの重心や境界を表すものではありません。
語源には複数の伝承がある
カフリン市の公式サイトは、都市が1602年ごろに成立したと説明し、Kaffrineという名を「信仰しない者」に結びつける伝承を載せています。
しかし、学術資料を読むと話は一つではありません。CODESRIAで公開された研究は、マラブーのサルーム・スワレが水場で発したマンディンカ語の句に由来する説、ジュンジュバ・ンボウによる創建説、ンダオ家の移住を重視する説などを並べています。三つの説明が一致しないこと自体が、慎重に扱う理由です。
市の公式説明は地域の記憶を伝える重要な資料ですが、語源や創建者を一人に確定する証明ではありません。本稿では複数の成立伝承があることを示し、どれか一つを確定説にはしません。
都市名と漢字形の命名者
Kaffrineという都市名を誰が、いつ、公的に定めたのかは確認できませんでした。
伝承に登場するサルーム・スワレ、ジュンジュバ・ンボウ、ンダオ家の人々は、資料ごとに役割が異なります。創建者、最初の居住者、語源となる言葉を発した人物、後代の統治者を一人の「命名者」にまとめることはできません。
漢字形卡夫林についても、最初に三字を選んだ人物と時期は未確認です。記事の記者、翻訳者、掲載機関を、そのまま考案者とみなすことはできません。
したがって、都市名の命名者と漢字表記の命名者は、いずれも未確認とします。
二字案と三字案を比べる
卡夫林
中国政府機関では州名として、台湾の通信社では都市名として確認できる三字形です。都市Kaffrineへの直接用例があり、読みの手掛かりも保つため、最有力です。
卡林
二字に短縮できますが、カフリンを卡林とする直接用例は確認できません。「夫」を落とすとKaffrineとの対応も弱くなります。
咖弗林
音から組み立てられる三字案ですが、確認した資料の用字ではありません。既存の卡夫林から字を置き換える根拠がありません。
都市篇は二字・三字を主流としますが、短さだけで既存形を削ったり、見栄えで字を交換したりしません。直接用例のある卡夫林を採ります。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の卡夫林を採ります。
根拠は、中国語圏で同じ三字が行政地域と都市の双方に用いられ、中央通訊社の記事では「卡夫林鎮」と都市を直接特定できることです。
制定区分は創とします。日本語の歴史的漢字表記を復元するのではなく、中国語圏の既存表記を日本語の都市索引へ新たに取り込むためです。「卡夫林」という文字列を本稿が初めて作った、という意味ではありません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
カフリン
所属国
セネガル
中国語圏で確認した都市名
卡夫林
暫定制定都市名
卡夫林――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
卡林は二字ですが、都市名としての直接用例がありません。咖弗林も音から作った案にとどまり、確認した資料の用字と一致しないため採りません。
未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、Kaffrineという地名の確定語源と命名者、漢字形「卡夫林」の初出と考案者、中国語圏の地名標準化資料における位置づけです。
人口は2023年国勢調査を基準とするコミューン行です。州・県人口とは区別します。地図座標は市内の公的測地標であり、行政境界の中心点ではありません。
参考資料
- JICA海外協力隊「カフリン保健区」2019年度秋要望調査票
- JICA海外協力隊の世界日記「カフリンのおやつ」2026年
- 中華人民共和国商務部駐セネガル共和国大使館経済商務処「農業センター:セネガル工業化の重要なてこ」2025年
- 中央通訊社「セネガルでバス2台が衝突」2023年
- セネガル国家統計・人口経済分析庁『人口推計 2023―2073』
- セネガル国家統計・人口経済分析庁『カフリン地域社会経済報告 2022―2023』
- セネガル国家地図局「Kaffrine 測地標 B041」
- セネガル普遍的地域開発緊急計画「社会経済・環境評価報告」
- カフリン市公式サイト「Historique」
- Mamadou Ndao『カフリン市の雨水管理と都市農業』2022年
- Rokhaya Fall『ンドゥクマヌの歴史に関する研究』CODESRIA
- 外務省「セネガル共和国基礎データ」
- 国立国会図書館リサーチ・ナビ「セネガルの地図」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第三十九号
次は、タンバクンダです。
カフリンから東西幹線をさらに進み、セネガル東部の州都に用いられる漢字表記を調べます。
