一つの村にKagnout、Cagnout、Cagnut
都市篇第五十三号は、セネガル南部の村、カニュトです。
この村は、資料の年代と目的によって綴りが変わります。セネガル国土整備庁の公式地図はKagnout、2023年国勢調査は三つの構成村をCagnout、1851年のフランス条約集はCagnutと記します。現地語を扱う人口研究資料にはKañutも現れます。
どれか一つを誤記として消すのではなく、同じ土地を異なる時代と制度が書き留めた形として読み分けます。
日本語や中国語で、この村を直接指す既成の漢字名は確認できませんでした。そこで、綴りの来歴と地域の歴史を確かめたうえで、本誌独自の三字案を組みます。
予告の「カニョウト」を訂正する
前号では、次回の都市名をカニョウトと予告しました。しかし、その後に確認した現地語表記Kañutでは、ñが表す子音にuが続くñuがおおむね「ニュ」に近く、さらに語末のtが続きます。本号では、予告表記をカニュトへ訂正します。
国立国会図書館サーチ、国立公文書館アジア歴史資料センター、国立国会図書館の本文検索とNgramを、Kagnout、Cagnout、Cagnut、Kañut、カニュト、カニョウトなどで確認しました。しかし、セネガルのこの村に結びつく日本語資料は見つかりませんでした。
GeoNamesには日本語別名としてカニュがあります。ただし、根拠となる日本語文献や登録者は示されていません。日本語で定着した地名の証拠ではなく、多言語地名データベース上の別名として記録します。
現地語表記Kañutの音を日本語へ写せば、カニュトまたはカニュットに近い可能性があります。ただし、現地話者の音声資料までは確認できていません。
本稿のカニュトは、確認できた現地語表記を日本語で扱うために本シリーズが置く表記です。公的に定まった日本語名ではありません。日本語の歴史的漢字表記も採録できないため、歴史表記は未記入とします。
公式地図と三つの構成村
セネガル国土整備庁の縮尺20万分の1のKMLは、Kagnoutを「重要な村」に分類し、北緯12.5508917808778度、西経16.62567848067805度に点を置いています。
都市一覧では小数第六位へ丸め、北緯12.550892度、西経16.625678度を用います。これは集落を示す代表点であり、三地区の境界や幾何学的中心を測量した値ではありません。
行政上はジガンショール州ウスイ県ルディア・ウォロフ郡、ムロンプ・コミューンに属します。2023年国勢調査は、次の三つを別々の集落行として収録しています。
- Cagnout Bouhimbane――575人
- Cagnout Ebrouaye――308人
- Cagnout Ouyoho――235人
合計は1,118人です。内訳を合算すると男性570人、女性548人、219世帯、175コンセッションになります。
都市一覧の人口は三行を編集上合算した値です。ANSDが「Cagnout 1,118人」という単独行を公表しているわけではありません。セネガルの首都はダカールであり、カニュトは国の首都ではありません。
水田、漁撈、マングローブ
地理学者マリー=クリスティーヌ・コルミエ=サレムのカザマンス研究は、カニュトを河口に近い左岸の村として扱い、周囲の低地、水田、養魚池、マングローブを記録しています。
同研究が採録した口承では、カニュトの加工魚はガンビア方面まで交易されました。村名を、魚の匂いを表す語と結びつける説明も紹介されています。
ただし、これは村で伝えられた語源説明です。地名が生まれた時点の同時代文書や、言語学上の語構成を確定する辞書記述ではありません。本稿は「魚の匂いから名づけられた」と断定せず、地域の口承として残します。
別の研究には、村の旧名をEssoukmalとする伝承もあります。これも確認できた範囲では一つの研究が伝える口承であり、公的な改称記録ではありません。
1851年3月25日のCagnut
1851年3月25日、フランス海軍軍人シャルル・ペノーはエリンキンで、Cagnutの首長たちと条約を結びました。フランス海外領土公文書館の目録では40 COL 253として残り、フランス条約集第六巻にも本文が収録されています。
条約集は、カニュト側の当事者としてBadiocoline、Awao、Foumbenaを記します。BadiocolineはCagnutの王、AwaoはCagnutの首長、FoumbenaはAtabougayeの首長として示されています。
条文はカラバーヌ島の譲渡やフランスの「宗主権」をうたいます。これはフランスが編纂した植民地期の条約文に現れる語です。当事者名が残ったことは重要ですが、近代国家間の対等な合意だったと読み替えることはできません。
前号のサマティットとの条約も同じ日に結ばれました。二つの文書は、フランスがカザマンス川河口部で権利を広げた過程を示します。
Badiocolineらは条約当事者として確認できますが、Cagnutという地名を作った人物ではありません。地名の命名者を示す資料は見つかっていません。
五つの王国と大木
ムロンプ地域の民族植物学研究は、慣習上の五つの王国として、カジノル、ムロンプ、エルディア、カニュト、サマティットを挙げています。ここでいう王国は現代セネガルの行政区分や独立国家ではなく、地域の伝統的・儀礼的な枠組みです。
2025年には、カニュトの王Simengbouhal Sambouの死去がセネガル通信社によって報じられました。2019年に即位した人物です。後継の状況は今回の資料では確定できないため、現在の王として別の人物を補いません。
セネガルの歴史記念物一覧は、カニュトの樹齢百年を超えるカポックの木々を保護対象に挙げています。村の歴史は条約文だけでなく、水田、漁撈、王制、樹木を含む文化景観にも刻まれています。
中国語圏にも直接用例はない
台湾・国家教育研究院の外国地名訳名データ、中国大陸・台湾・香港の政府機関と主要用語資料を、Kagnout、Cagnout、Cagnut、Kañutで確認しました。しかし、この村を直接指す漢字表記は見つかりませんでした。
音だけを見れば卡紐特という三字形を考えられます。しかし、この形はすでにCanute、Cnut、Knutという人名の漢訳に使われています。対象の村を指す用例ではなく、別の固有名と衝突するため採りません。
既存の中国語名から文字を借りたとは言えない以上、候補を採る場合は万国漢字志の新しい表記だと明示する必要があります。
三字案を比較する
迦柔土
三文字です。迦をカ、柔をニュウ、土をトに対応させます。柔の通常の音読みには長音があるため、カニュトへの対応ではニュウをニュへ縮めています。
迦は音訳に用いられてきた字、柔にはニュウの読みがあり、土はトと読めます。ただし、この三字をカニュトに使った既存例は確認できません。「柔らかな土地」という字義を村の語源だと主張するものでもありません。
迦柔特
三文字で、末尾に音訳で使われる特を置きます。ただし、日本語の通常の音読みでは特はトクであり、「迦柔特」をカニュトと直ちに読むことは難しくなります。
中国語式の音写に近い比較案として残しますが、日本語の索引名としては末尾をトと読める土を優先します。
加柔土
三文字とも比較的見慣れた字です。しかし「柔らかさを加える土地」という意味の連なりが前面に出ます。村の歴史や口承から確認できた意味ではないため、余分な物語を作る案として退けます。
二字形
GeoNamesのカニュに合わせれば迦柔のような二字形も組めます。しかし、現地語形Kañutの末尾子音を落とします。短さを優先するためだけに音を切り詰めることはしません。
今回は、カニュトの音を三字に対応させる迦柔土を選びます。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の迦柔土を採ります。
制定区分は創です。日本語の歴史的漢字名を復元したものでも、中国語圏の既存表記を採録したものでもありません。現地語資料に見えるKañutをカニュトと置き、万国漢字志が三字へ写した暫定案です。
迦柔土を選んだ主体は万国漢字志ですが、特定の一個人を漢字表記の命名者として登録しません。地名そのものの命名者も未確認です。
今後、現地話者による発音資料や、日本語・中国語で実際に使われた直接用例が見つかった場合は、カタカナ表記、制定形、区分を再検討します。
万国漢字志の暫定案
本稿で用いる都市名
カニュト
所属国
セネガル
公式・研究資料で確認した綴り
Kagnout/Cagnout/Cagnut/Kañut
歴史的な日本語漢字表記
未確認
信頼できる中国語表記
未確認
暫定制定都市名
迦柔土――創
制定状態
暫定制定・日本語原典、中国語直接用例、現地語発音、語源と命名史を継続調査
採らなかった表記と未解決点
迦柔特は末尾を音訳字にした案ですが、日本語では特をトクと読むため採りません。加柔土は字義が作る印象が強く、迦柔は末尾音を落とすため採りません。前号予告のカニョウトに合わせた迦繞土は、現地語表記Kañutのñuをニョウとした点を改めました。卡紐特は別の固有名に既成用例があります。
未解決点は、現地話者による発音、Kañutの語源、Essoukmalから現在名への変化、Kagnout・Cagnout・Cagnutの綴りが分かれた時期と主体、地名の命名者、日本語と中国語の直接用例です。
人口1,118人は2023年国勢調査の三地区を合算した値です。座標は公式地図の集落代表点であり、三地区の境界や中心を厳密に示すものではありません。
魚の匂いに結びつける語源と旧名Essoukmalは、いずれも研究者が採録した口承です。新しい資料が得られるまでは確定事項としません。
参考資料
- セネガル国家統計・人口経済分析庁「RGPH-5 2023 CAGNOUT」
- セネガル国土整備庁「Ziguinchor ND-28-II」公式地理データ
- セネガル国土整備庁「Ziguinchor ND-28-II」KML
- フランス海外領土公文書館『植民地条約目録』40 COL 253
- Alexandre de Clercq『Recueil des traités de la France』第六巻、1851年Cagnut条約
- Marie-Christine Cormier-Salem『Contribution à l'étude géographique des espaces aquatiques : la Casamance』
- Lucien Kwadi Lamine Ndecky『Implications socio-culturelles de la riziculture dans la région de Ziguinchor』
- フランス国立人口研究所『ムロンプ人口観察所:資料と研究103』
- フランス国立科学研究センター「Joola(Diola)正書法・音韻表」
- Bassèneほか「Étude floristique et ethnobotanique des plantes utilisées en Basse Casamance」
- セネガル歴史記念物指定一覧
- セネガル通信社「ウスイ:カニュト王Simengbouhal Sambou死去」
- 国立国会図書館サーチ
- 国立国会図書館「次世代デジタルライブラリー」API説明
- 国立公文書館アジア歴史資料センター
- 台湾政府資料開放平臺「外國地名譯名」
- 『外國人名地名表』「Canute」
- 台湾教育部『国語辞典簡編本』「迦」
- 文化庁「常用漢字表」
- 外務省「セネガル共和国基礎データ」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第五十四号
次は、カジノルです。
ムロンプ地域で五つの王国の一つに数えられる名を追い、綴り、歴史、漢字表記を調べます。
