万国漢字志

都市篇 · トーゴ

万国漢字志 都市篇 第百十七号|クペレ・アデタ――県の誕生より前に、試験名簿にある町――

Kpélé-Adétaはトーゴのクペレ県の県庁所在地。1959年官報の試験名簿と2009年法を読み合わせる。2022年都市人口15,146人は県・自治体全域と別。クペレ・アデタは綴りによる暫定転写で現地音源未確認。

以前のnote記事を読む

同じ法律の、別の町へ

前号クニョウの県庁所在地を定めた法律には、Kpélé-Adétaも載っています。ところが、その町の名は、法律より半世紀前の試験名簿にも見つかりました。行政区画ができた日と、地名が使われていた時期を分けて読んでみます。

未収録候補として比較したのは、既刊クペテ・ベナと同じ観光省記事に載るGbalédjéです。滝の調査から、自然地形と集落の名を照合する価値があります。今回はKpélé-Adétaについて、2009年法、1959年官報、自治体自身の紹介、都市人口表を回収できました。前号との行政史のつながりに加え、地名の年代と指す範囲を別種の資料で比べられることを優先しました。人口表の順位による選定ではありません。

本誌では日本語索引にクペレ・アデタを暫定的に置き、漢字案を久佩礼阿出多とします。以下で確認する欧文の用例と、この日本語転写・創案は別のものです。


歴史表記|1959年の名簿にあるKpélé-Adéta

1959年11月16日付『トーゴ共和国官報』の印刷873頁(PDF25頁)には、Centre d’Apéyéméという見出しの下に、人名と地名が並んでいます。782番と784番の行末でKpélé-Adétaを原頁画像で確認しました。

この一覧は、印刷867頁(PDF19頁)から続く、1959年10月24日付の初等教育修了試験の合格者に関する記録です。そこで示される試験の年度は1958年です。試験の年度、決定の日付、官報の発行日は一致しません。本稿では、地名用例の資料年を官報の発行年である1959年として示します。

Apéyéméの見出しがあるからといって、Kpélé-Adétaという町がApéyéméへ改称されたことにはなりません。試験の会場区分と各行の地名を分けます。地名欄だけから合格者の出生地や町の当時の人口を認定することもできません。

確認したのは歴史資料の欧文形であり、日本語の歴史的漢字表記ではありません。本稿では、漢字案を歴史表記の区分「史」にはしません。


2009年法が指定した県庁所在地

2009年12月3日法律第2009-027号の第一条は、Kpélé-Akataなどの副県を県へ昇格させ、従来の管轄区域を保持するとしています。名称の一つがKpélé県です。

印刷10頁の左欄、第四条は、その県庁所在地をKpélé-Adétaと定めています。前号クニョウは第二条、今回の町は第四条。同じ紙面をたどると、二つの地名が行政再編の記録を介してつながります。

法律の日付を町の創建年や命名年とすることはできません。1959年官報の用例が示すのは、少なくともそれ以前から同じ欧文形が資料にあるということです。最初の用例を突き止めたわけではありません。

また、県庁所在地と国の首都も別です。外務省の基礎データが示すトーゴの首都はロメです。


自治体の紹介では、町だけを数えていない

クペレ1自治体の公式紹介は、自治体を四つの小郡に分け、その一つを**Kpélé Novivé(Adéta)**と記しています。全体では32村を含むと説明しています。連絡先にもKpélé Adétaという綴りがあります。

このページの人口推計53,342人は自治体全体の説明であり、Kpélé-Adétaという町だけの人口ではありません。対象年が明示されていないため、後述する2022年の人口と差を取り、増減を論じることもしません。

町、県、小郡、自治体。それぞれの資料に似た名が出てきても、同じ区域を指すとは限りません。短いAdétaと複合形Kpélé-Adétaの用例は併記しつつ、自治体全域を町そのものへ置き換えないようにします。


日本語・中国語圏の用例と、読みの限界

今回の検索では、日本語の公的地名資料における定着したカタカナ形、日本語の歴史的漢字形、中国語圏の公的資料における町名全体の直接漢字用例は確認できませんでした。検索で見つかる日本語の地名一覧だけを根拠に、公的な定着形とは判定しません。

本誌のクペレ・アデタは、法律と統計に共通する綴りKpélé-Adétaに基づく暫定転写です。フランス語の綴りにあるéをエの目印とし、Kpéléの冒頭kpを日本語索引ではクペと近似します。長音は補いません。ケベック州フランス語局の母音解説は、étéの母音を[e]と示していますが、この町名全体の発音資料ではありません。

UCLAのエウェ語語彙資料には、kpakpaやakpeのkpを一つの両唇軟口蓋音[k͡p]として示す例があります。これは、kpを単純なクとペの二音に分ければ現地音を再現できるわけではない、という注意の根拠です。町名にそのまま同じ発音を断定する根拠ではありません。

町名全体の現地音源は未聴取です。声調、母音の長短・開閉、地域的な発音差は未確認です。クペレ・アデタを現地話者が発したと確認した読みや、公的機関の日本語採用形として扱うことはしません。


二字・三字と、六字の創案を比べる

久多・久阿多

二字案の久多、三字案の久阿多は、短く書ける一方で、クペレ・アデタの内側の音を大きく落とします。字数を標準へ合わせることだけを理由に、地名の一部を省く案は採りません。

久佩礼亜出多

クペレに久佩礼、アデタに亜出多を対応させる六字案です。亜のアを使えますが、今回は阿と比較して残案とします。亜の字義から、この町を何かに次ぐ存在だと説明する理由はありません。

玖佩礼阿出多

冒頭を玖に替えた六字案です。玖のクを手掛かりにできますが、宝石などの字義を町の由来へ結びつける資料はありません。既刊クペテ・ベナの久佩手とも比較し、今回も久を採ります。同じ久佩を使うことから、二つの地名の語源が同じだと推測するものではありません。

久佩礼阿出多

久のク、礼のレイ、阿のア、出のデ、多のタを音の目印とする六字案です。佩の通常字音はハイで、ペではありません。 礼のレイも、そのままではレと一致しません。通常の字音を並べれば自動的に読めるという表記ではなく、全体にクペレ・アデタという指定読みを置きます。

今回は、この六字案を区分創で採ります。地名の前半と後半を両方残す案であり、六字が現地語の六音節を正確に写すという意味ではありません。先例が見つからないことは創案を止める理由にはしませんが、未確認の読みを確定した事実に変える理由にもなりません。


都市の15,146人と、自治体の53,275人

INSEED『ANNUAIRE STATISTIQUE NATIONAL 2022』の表3.21、印刷33頁(PDF51頁)にあるKpélé-Adétaの行は、男性7,323人、女性7,823人、合計15,146人です。表題と行を原頁画像で照合し、内訳の和も確認しました。

同じ年鑑の印刷22頁(PDF40頁)では、クペレ県全域は80,939人、クペレ1自治体全域は53,275人です。本稿の人口欄には、都市別人口表の15,146人を採ります。町の統計上の集計区域を、自治体境界へ拡大して解釈することはしません。

GeoNamesの2368574公式RDFは、Adéta、国コードTG、居住地分類P.PPL、北緯7.13333度・東経0.73333度を示します。自治体資料がAdétaとKpélé Adétaを併用していることと位置を照合し、このレコードを索引用の代表点に使います。代表点は都市域の境界を示しません。

RDFには人口8,499人もありますが、基準年は記されていません。レコードの更新日を人口の調査日とみなしたり、15,146人との差を人口増加として計算したりはしません。


万国漢字志の暫定案

暫定日本語都市名
クペレ・アデタ

原綴り・所属国
Kpélé-Adéta/トーゴ

暫定制定都市名


久佩礼阿出多

指定読み
クペレ・アデタ

制定区分
久佩礼阿出多――創

制定状態
暫定制定・原典継続調査

漢字形と日本語転写は本誌の提案です。町の命名者・命名年は認定せず、一字略称も制定しません。


採らなかった表記と未解決点

久多・久阿多は音の省略が大きいため不採用、久佩礼亜出多・玖佩礼阿出多は比較案として残します。歴史的漢字形、中国語圏の町名全体の用例、現地音源、語源と初出は継続調査です。1959年の名簿から現代の統計区域が同一だとは認定せず、町と行政区画の境界の変遷も今後の課題とします。


参考資料

(2026年10月15日調査。現地音源の聴取は未実施。)


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第百十八号

クペレ県の滝の調査にあるGbalédjéと、同じ2009年法が県庁所在地に指定するAfagnaganなどを比較します。地形・集落・行政区域を区別できる一次資料を回収し、既刊とのつながりと資料価値から次の町を選びます。