地名と領域の立場を分けて読む
都市篇第二十五号は、西サハラ北西部の主要都市ラユーンです。
国連の中国語文書は、この都市を三字の阿尤恩と記しています。国連文書自身が「西サハラ領土の阿尤恩鎮」と位置づけるため、都市への対応は明確です。
一方、ラユーンを含む西サハラの最終的な地位は確定していません。都市の名称を調べることと、領有権について一方の立場を採ることは別の作業です。
本稿では資料の立場を明示しながら、暫定制定都市名に三字の阿尤恩を採ります。
日本語では「ラユーン」
外務省の海外安全情報は、西サハラ地域の都市としてラユーンを挙げています。JICAのモロッコ漁業調査報告書も、研究施設の所在地をラユーンと記します。
現在の日本語都市名には、このラユーンを用います。
日本の『日本大百科全書』では、別のカタカナ形アイウンも確認できます。これはスペイン語形El Aaiúnに近い表記で、ラユーンと別都市を指す名称ではありません。本稿は現行の外務省表記を見出しにし、アイウンを日本語の異表記として記録します。
今回確認できた日本語資料の範囲では、この都市を指す歴史的な漢字表記は未確認です。ただし、これは表記が存在しなかったことを意味しません。近代の地理書、新聞、地図、旅行記などには、なお調査の余地があります。
国連文書にある「阿尤恩」
国連事務総長が2004年に安全保障理事会へ提出した西サハラ情勢報告の中国語版は、西撒哈拉领土的阿尤恩镇と記しています。アルジェリアのティンドゥフ難民キャンプとラユーンの間で行われた家族訪問を説明する箇所です。
同じ文書は、その後も訪問者の登録地として阿尤恩を繰り返し用います。州や空港だけではなく、親族が暮らす町としての直接用例です。
国連拷問禁止委員会の文書も、2010年に抗議キャンプが阿尤恩郊外へ設けられたと記します。年代の異なる国連中国語文書で同じ三字形を確認できます。
阿尤恩は三字とも日本で通常使う字体です。簡体字からの置換や、長い形からの省略を加えず、そのまま採用できます。
二字の「阿雍」は文学上の用例
中国語圏には、二字の阿雍という表記もあります。北京市の公的サイトが転載した記事は、台湾の作家三毛が暮らした当時のスペイン領サハラの都市について、「三毛の作品では阿雍と呼ぶ」と説明しています。
二字で短く、都市篇の方針にも合う形です。しかし、今回確認できた根拠は作家の作品世界に結びつく用例であり、公的地名として広く継続したことや、三毛自身が最初に二字を選んだことまでは確認できません。
有名な人物が使った表記であることと、その人物が表記を造語したことは同じではありません。三毛を漢字表記の命名者とはせず、阿雍は文学上の重要な異表記として記録します。暫定制定都市名には、国連文書で継続的に確認できる阿尤恩を採ります。
「創」が意味するもの
阿尤恩という文字列そのものは、万国漢字志の造語ではありません。国連中国語文書に先行用例があります。
それでも制定区分を創とするのは、日本語史料に定着した既存漢字形を継承するのではなく、中国語圏の既存形を現代日本語の都市索引へ暫定的に取り込むためです。
本稿の創は、「世界で初めて三字を作った」という意味ではありません。異なる言語圏の用例を根拠に、日本語側で新たに採用する区分です。
「泉」を表す原名
Laayoune、Laâyoune、El Aaiúnは、アラビア語の地名العيونを異なる綴りで写した形です。地名研究では、この語は複数の泉を意味すると説明されます。
都市が形成されたサギア・エル・ハムラの河床周辺には、淡水を得られる井戸がありました。都市史研究も、水の存在がスペイン側による恒久拠点の立地を決めた条件の一つだったと述べています。
ただし、漢字の阿・尤・恩の字義から泉を読み取ることはできません。阿尤恩は原名の音を写した表記であり、アラビア語名の意味と漢字一字ごとの意味は分けて扱います。
1938年の軍事拠点から都市へ
バルセロナ大学の地理学誌『Scripta Nova』に掲載された都市研究は、スペインが1938年にサギア・エル・ハムラ地方へ恒久的な軍事拠点を設けたと説明しています。
淡水井戸、海岸やタルファヤとの交通、風を避けやすい位置が立地条件でした。1940年にはEl Aaiúnがスペイン領サハラの行政・軍事上の中心に指定され、道路、飛行場、直交する街路を備えた都市核が整えられました。
この形成史から、スペイン軍人アントニオ・デ・オロを「都市の創設者」とする叙述もあります。しかし、確認できた研究は彼がAaiúnという地名を造語したとは述べていません。都市を設けた人物を、そのまま地名や漢字表記の命名者とみなすことはできません。
現在名の最初の命名者と、阿尤恩の三字を最初に選んだ人物は確認できません。都市名と漢字表記の命名者は、いずれも未確定とします。
西サハラという所在地
国連は、西サハラを1963年から非自治地域の一覧に載せています。スペインは1976年に同地域での駐留と暫定統治への参加を終了しましたが、住民投票を含む最終的な政治的地位は確定していません。
1991年、国連安全保障理事会は、モロッコとポリサリオ戦線が受け入れた解決提案に基づき、国連西サハラ住民投票ミッションを設置しました。ラユーンは「砂の壁」の西側にあり、現在はモロッコ当局が実効的に行政を行っています。
外務省の海外安全情報も、西サハラ地域と記した上で、ラユーンなどの都市ではモロッコ当局が治安を管理していると説明しています。
公式サイトで所在地を西サハラとするのは、国連と日本の外務省が用いる地域名に合わせるためです。モロッコの行政資料を人口出典に使う場合も、その集計主体を明記し、領有権の確定資料として扱いません。
首都表示にも注記が要る
国連統計部のWestern Sahara地域プロファイルは、Capital cityをEl Aaiúnとしています。この統計上の区分に基づき、公式サイトではラユーンに「首都」の表示を付けます。
一方、モロッコ側の行政区画ではラユーン=サキア・エル・ハムラ地方の中心地として扱われています。
したがって、公式サイトの「首都」表示はUNdataの地域プロファイルを反映する索引上の表示です。西サハラを独立国として承認する、またはモロッコの主権を承認するという意味ではありません。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会が公表した2024年国勢調査の全国法定人口表では、Commune de Laâyouneの人口は26万2,791人です。
内訳はモロッコ人26万1,498人、外国人1,293人で、世帯数は6万4,190世帯です。同じ表のラユーン県全体は29万5,555人であり、都市一覧には県人口ではなく自治体人口を採ります。法定人口の基準日は2024年9月1日です。
この数値は、モロッコ政府機関が自らの行政区分で集計した人口です。西サハラ全体の人口や、国連の推計値とは範囲と作成主体が異なります。本稿では現地を実効管理する行政の自治体統計として用い、政治的地位の根拠にはしません。
GeoNamesのLaayoune(ID 2462881)が示す都市地点は、北緯27.1418度、西経13.18797度です。大西洋岸の港エル・マルサや、アルジェリアの同名難民キャンプではなく、市街地の地点を公式サイトの地図表示に使います。
三つの表記を分ける
阿尤恩
国連中国語文書が西サハラのラユーンへ直接使う三字形です。
暫定制定都市名に採ります。
阿雍
作家三毛の作品世界に結びつく二字形です。
文学上の異表記として記録しますが、創案者と一般性を確定できないため今回は採りません。
ラユーン/アイウン
外務省とJICAはラユーン、日本の百科事典はアイウンと記します。
現在の見出しはラユーンとし、二つを別都市として数えません。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の阿尤恩を採ります。
根拠は、国連中国語文書が西サハラ領土の阿尤恩鎮と都市を直接示し、別年代の国連文書にも阿尤恩郊外という用例があることです。
二字の阿雍は削除案ではなく、文学上の独立した異表記です。国連で継続する三字形を基準にしつつ、日本語の歴史的漢字表記、阿雍の初出、双方の選字者が判明した場合は再検討します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
ラユーン
所在地
西サハラ
国連中国語文書で確認した漢字形
阿尤恩
文学上の異表記
阿雍
暫定制定都市名
阿尤恩――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
今回は、国連文書に三字の直接用例があるため、二字への機械的な縮約や、意味から作った新案を採りません。
未解決点は、日本語史料における歴史的漢字表記、阿尤恩と阿雍それぞれの初出と選字者、アントニオ・デ・オロをめぐる都市創設年の資料差、最終的な政治的地位です。
人口と行政区分はモロッコ側統計、領域の国際的な位置づけは国連、現在の日本語表記と安全情報は外務省に出典を分けました。将来の更新でも一方の資料だけで全項目を説明しません。
参考資料
- 外務省海外安全ホームページ「西サハラ地域」
- JICA『モロッコ王国 漁業調査船建造計画 基本設計調査報告書』
- 小学館『日本大百科全書』「アイウン」
- 国連事務総長報告「S/2004/325」中国語版
- 国連拷問禁止委員会「CAT/C/58/D/650/2015」中国語版
- 北京市精神文明建設委員会弁公室「沙漠边的彩色王国」
- 国連「Western Sahara」非自治地域情報
- 国連平和維持活動「MINURSO Fact sheet」
- UNdata「Western Sahara」地域プロファイル
- 「La gestión de la población y la organización territorial en el Sahara Occidental」『Scripta Nova』
- 「Maghrebian toponym variants」
- モロッコ高等計画委員会『Population légale du Royaume du Maroc selon les résultats du RGPH 2024』
- GeoNames「Laayoune」
- 国立国会図書館サーチ
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第二十六号
次は、ブジュドゥールです。
大西洋岸をさらに南へ進み、日本語・中国語の地名表記と、漁港を中心に発展した都市の形成史を調べます。
