二文字・三文字に、しない
都市篇第五号は、モロッコの古都マラケシュです。
都市篇では二文字・三文字の漢字表記を主流とします。ところが、中国大陸と台湾の公的資料で確認できる表記は、どちらも四文字です。
馬拉喀什
文字数の方針だけを先に置けば、「馬拉」や「喀什」へ縮めたくなります。しかし、その短縮形をマラケシュの都市名として使った資料は確認できません。
短くすることと、根拠を失うことは同じではありません。今回は四字を残す判断を検討します。
日本語で確認できるのはカタカナ
日本の外務省は2001年、文化無償協力の発表で「マラケシュ市劇場」と記しました。現在の「モロッコ基礎データ」も、2011年の事件が起きた場所を「マラケシュ」としています。確認できる日本の公的用例はいずれもカタカナです。
一方、今回確認した日本語資料からは、「馬拉喀什」「馬拉克什」などを日本語の都市名として使う直接例を見つけられませんでした。
したがって、「馬拉喀什」を日本語の歴史表記として史に分類することはできません。日本語の歴史的漢字表記は、未確認のまま残します。
中国大陸と台湾では「馬拉喀什」
中華人民共和国外交部のモロッコ国別ページは、主要観光都市を、
拉巴特、马拉喀什、卡萨布兰卡、非斯
と列挙しています。簡体字の「马」を日本で通常使う字体に直せば「馬拉喀什」です。
台湾の文化部文化資産局が運営する世界遺産情報は、見出しを、
「馬拉喀什的伊斯蘭舊城」
としています。中国大陸と台湾で、簡体字・繁体字の違いを除けば同じ四字です。
ただし、これは中国語圏の現代用例です。日本語の歴史用例が確認できない以上、万国漢字志が日本語の都市索引へ取り込む制定区分は創とします。
モロッコの名を生んだ古都
ユネスコ世界遺産センターは、マラケシュが1070年から1072年にムラービト朝によって築かれ、のちにムワッヒド朝の首都となったと説明しています。北アフリカからアンダルシアへ影響を及ぼした、西方イスラーム世界の政治・経済・文化の中心でした。
旧市街にはクトゥビヤ・モスク、城壁、門、庭園が残り、ジャマ・エル・フナ広場は野外劇場のような空間として紹介されています。ユネスコは、この都市がモロッコ王国の名のもとになったとも説明しています。
別のユネスコ会議資料は、地名がベルベル語に由来するものの、意味はなお問題を残すとします。一つの訳だけに固定せず、語源は未確定として扱うべきです。
都市はムラービト朝の大君主ユースフ・イブン・ターシュフィーンのもとで発展しました。しかし、彼が「マラケシュ」という地名そのものを造語したと確定できる資料は、今回得られませんでした。
都市の建設者・発展に関わった人物と、地名の命名者は分ける必要があります。そのため、ユースフ・イブン・ターシュフィーンを地名の命名者とは認定しません。
人口と現在の都市範囲
GeoNamesが示す都市座標は、北緯31.63416度、西経7.99994度です。
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、マラケシュ・コミューンの人口を100万2697人と記録しています。本稿の人口欄は、この自治体範囲の数値です。
同じ資料では、マラケシュ県は157万1580人、旧市街に当たるマラケシュ・メディナ区は8万1103人です。県、自治体、旧市街を同じ「マラケシュ人口」として混ぜないよう、一覧にはコミューンの値を採用します。
現在のモロッコの首都はラバトです。マラケシュは王朝期の首都であり、現首都ではありません。
四字案と短縮案の比較
馬拉喀什
四文字です。中国大陸の外交部と台湾の文化資産局で、字体差を除いて一致する現行表記を確認できます。
日本語の歴史表記ではありませんが、出所と対象都市が明確です。四字であることだけを理由に字を削らず、制定案に採ります。
馬拉
二文字に縮める案です。「マラ」までの音は残りますが、「ケシュ」に当たる部分が消えます。マラケシュの都市名として使われた公的用例や日本語用例を確認できないため、採りません。
拉喀什
三文字案です。先頭の「馬」を落とせば文字数の標準には収まりますが、この三字をマラケシュに対応させる資料は確認できません。中国の都市「喀什」との見分けも悪くなるため、採りません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
マラケシュ
所属国
モロッコ
暫定制定都市名
馬拉喀什――創
制定状態
暫定制定・原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
「馬拉」「拉喀什」は二文字・三文字に収まりますが、都市名としての直接用例を確認できないため採りません。標準文字数は比較の軸であって、史料にない略称を作るための命令ではありません。
未解決点は三つあります。
第一に、日本語資料におけるマラケシュの漢字表記です。今回確認できた日本の公的・調査資料はカタカナでした。明治・大正期の地理書、地図、新聞には継続調査の余地があります。
第二に、「馬拉喀什」という中国語音訳の初出と造語者です。現在の公的使用は確認できましたが、誰がいつ四字を定めたかは確定できません。
第三に、地名Marrakeshの語源と命名者です。ベルベル語由来であることは確認できますが、意味を一つに固定できず、特定の人物による命名も確認できません。
参考資料
- 外務省「モロッコのマラケシュ市劇場に対する文化無償協力について」、2001年
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 中華人民共和国外交部「モロッコ国家概況」
- 台湾・文化部文化資産局「馬拉喀什的伊斯蘭舊城」
- UNESCO World Heritage Centre「Medina of Marrakesh」
- UNESCO「General Information: Meeting venue Marrakesh」
- GeoNames「Marrakesh」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別人口」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第六号
次は、メクネスです。
同じモロッコの王都をたどり、二字・三字で確認できる表記があるか、日本語と中国語圏の資料を分けて調べます。
