四字を、確かなところから読む
都市篇第六号は、モロッコの古都メクネスです。
中国大陸の公的資料では、四文字の、
梅克内斯
が使われています。台湾の文化資産局では「内」を繁体字の「內」とする「梅克內斯」です。字体の違いを除けば、同じ四字が公的資料に現れます。
都市篇では二文字・三文字を主流とします。しかし、短い形が資料にないなら、四字からどれかを削る理由はありません。
日本語の歴史的な漢字表記は、今回の調査では確認できませんでした。四字の根拠と、その表記が属する言語圏を分けたうえで、暫定案を検討します。
日本語で確認できるのは「メクネス」
在モロッコ日本国大使館の世界遺産案内は、見出しを「古都メクネス」としています。本文でも、11世紀の軍事施設と、ムーライ・イスマイルによる王都化を「メクネス」の名で紹介しています。
JICAのODA見える化サイトも、事業名を「メクネス-フェズ間鉄道複線化事業」としています。今回確認した日本の二機関では、現在の都市名はいずれもカタカナです。
一方、今回確認した日本語資料には、「梅克内斯」または「梅克內斯」を日本語の都市名として使う直接例がありませんでした。
したがって、「梅克内斯」を日本語の歴史表記として史に分類することはできません。日本語の歴史的漢字表記は、現時点で未確認です。
中国大陸の「梅克内斯」と台湾の「梅克內斯」
中華人民共和国外交部の領事サービス網は、モロッコの主要都市を紹介する見出しに、
梅克内斯 Meknès
と記します。簡体字を用いる中国大陸の公的表記です。
台湾・文化部文化資産局の世界遺産情報は、見出しを、
梅克內斯古城
としています。「内」と「內」は字体の対応であり、音訳を構成する四字は共通しています。
ただし、どちらも現代中国語圏の用例です。日本語の古い漢字表記が確認されたことにはなりません。万国漢字志が日本語の都市索引へ「梅克内斯」を取り込むため、制定区分は創とします。
メクナッサ族の名と、後の王都
ユネスコ世界遺産センターは、メクネスの名が、8世紀にはモロッコ東部からタフィラルトまで勢力を持ったベルベル系の大部族メクナッサに由来すると説明しています。
これは都市名が集団の名に由来するという説明であり、特定の個人が都市名を造ったという記録ではありません。部族名の由来を、個人の命名者へ置き換えることはできません。
ユネスコはまた、ムラービト朝が1061年に軍事拠点として築いた町に、スルタンのムーライ・イスマイルが1672年から1727年の治世中、帝都を造ったとしています。在モロッコ日本国大使館も、11世紀の軍事施設がムーライ・イスマイルによって王都とされた経過を紹介しています。
ムーライ・イスマイルは王都の建設者として確認できます。しかし、今回確認した資料には、彼がすでに存在した「メクネス」という地名を造語したとする証拠はありません。後世の王都建設と地名の命名を混同せず、本人を都市名の命名者とは認定しません。
都市の成立年は一つに固定しない
ユネスコの詳細説明は、ムラービト朝が1061年に軍事拠点として創建したと記します。在モロッコ日本国大使館の案内も、11世紀に軍事施設として建設されたとしています。
一方、モロッコ政府観光局のメクネス案内冊子は、10世紀にメクナッサ・ゼナタ族がこの地へ定住して町を築き、ムラービト朝による征服後、11世紀に軍事拠点となったと説明します。
10世紀の集落と1061年の軍事拠点を、同じ意味の「都市創設」として強引に一致させることはしません。資料が異なる段階を指している可能性はありますが、成立年の整理にはなお検討が必要です。本稿では、10世紀の集落と11世紀の軍事拠点を併記し、都市の成立時点は未解決として残します。
人口と現在の都市範囲
GeoNamesが示す都市座標は、北緯33.893517度、西経5.547270度です。
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査結果は、メクネス・コミューンの人口を55万1503人と記録しています。同じ表にあるメクネス県の94万2945人とは行政範囲が異なります。本稿の人口欄には、自治体に当たるコミューンの値を採用します。
外務省「モロッコ王国基礎データ」が示す現在の首都はラバトです。メクネスはムーライ・イスマイル治世の王都ですが、現在の首都ではありません。
四字の公的表記と、未確認の短縮案
梅克内斯
四文字です。中国大陸では「梅克内斯」、台湾では「梅克內斯」と、公的資料で字体差だけの対応を確認できます。どの都市を指すかが明確で、四字すべてに用例があります。
日本語の歴史表記ではありませんが、出所を示せる現行表記です。日本で通常用いる字体の「内」にそろえ、「梅克内斯」を暫定制定都市名とします。
二文字候補
メクネスを指す二文字の公的用例または日本語用例は、今回確認できませんでした。四字のどの部分を残すかにも資料上の根拠がないため、具体的な二字形を新しく作って候補に掲げることはしません。
三文字候補
三文字へ短縮した表記も、今回の資料では確認できませんでした。いずれか一字を削るだけでは、既存表記の紹介ではなく新たな造語になります。標準文字数に合わせることだけを理由に採ることはできません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
メクネス
所属国
モロッコ
暫定制定都市名
梅克内斯――創
制定状態
暫定制定・原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
二文字・三文字の短縮形は、都市名としての直接用例を確認できません。根拠のない形を本稿で新たに作ることも避け、四字の「梅克内斯」を残します。
未解決点は四つあります。
第一に、日本語資料におけるメクネスの漢字表記です。現在の日本の公的資料では「メクネス」を確認できますが、日本語の歴史的漢字表記は未確認です。明治・大正期の地理書、新聞、地図には継続調査の余地があります。
第二に、「梅克内斯」という中国語音訳の初出と造語者です。中国大陸と台湾の現在の公的使用は確認できましたが、誰がいつ四字を定めたかは確定できません。
第三に、都市の成立時点です。ユネスコの1061年の軍事拠点と、モロッコ政府観光局が記す10世紀のメクナッサ系集落を、同じ創設年へまとめる根拠は得られていません。
第四に、地名の命名者です。メクナッサ族への由来は確認できますが、部族は個人の命名者ではありません。ムーライ・イスマイルも後代の王都建設者であり、地名を造った人物とは確認できません。
参考資料
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ情勢:観光」
- JICA「メクネス-フェズ間鉄道複線化事業」
- 中華人民共和国外交部・中国領事サービス網「モロッコ:交通出行」
- 台湾・文化部文化資産局「梅克內斯古城」
- UNESCO World Heritage Centre「Historic City of Meknes」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・フェズ=メクネス地方の法定人口」
- GeoNames「Meknes」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- モロッコ政府観光局「Meknes」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第七号
次は、カサブランカです。
モロッコ最大の都市へ移り、日本語のカタカナ表記と中国語圏の漢字表記を分け、二文字・三文字の形に根拠があるかを確認します。
