万国漢字志

都市篇 · セネガル

万国漢字志 都市篇 第五十号|ムロンプ――史料の空白から三字「穆隆普」を組む

ムロンプはセネガル南部、ウスイ県の五地区から成る集落。ジョラ文化の王制を伝え、二階建ての土造住居と文化博物館で知られる。

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五つの地区を一つの名で呼ぶ

都市篇第五十号は、セネガル南部の集落、ムロンプです。

セネガルの2023年国勢調査は、ムロンプを一つの人口行にまとめません。エテベマイ、ハエル、ジベテネ、ジコモル、カジフォロンの五地区を、それぞれMlompの名を冠した集落として収録しています。

ムロンプ文化博物館のカタログも、この五地区から村が成ると説明します。現在の行政上は同名のムロンプ・コミューンがありますが、コミューン全域と五地区の集落は同じ範囲ではありません。

この土地に、日本語で確認できる歴史的な漢字名はあるのか。中国語圏には標準的な漢字形があるのか。どちらも確認できなかったため、今回は史料の空白を空白のまま示したうえで、本誌独自の三字案を組みます。


「高床式」ではなく二階建ての土造住居

前号では、ムロンプを「高床式・二階建て住居で知られる村」と予告しました。しかし、今回確認した資料が述べるのは、土を主材とした二階建て住居です。床を地上から柱で持ち上げた高床式とは確認できませんでした。予告の「高床式」はここで訂正します。

ジガンショール州の経済社会報告は、ウスイ県の歴史的・文化的な場所として「ムロンプの二階建て住居」を挙げています。UNESCOの地域文化遺産資料も、近隣のウスイに宿泊施設を設計する際、ムロンプに残る複層の伝統建築が研究されたと記します。

セネガルの観光資料では、最初の二階建て住居の着想を元兵士パスカル・ディエディウに結びつけ、兄弟や住民が土、木材、茅などを用いて建てたと伝えます。一方、別資料の写真説明にはジョゼフ・ディエディウ、本文にはオリヴィエとパスカルという名も現れ、建設年にも第一次世界大戦後、1945年、1947年などの揺れがあります。

二階建て住居がムロンプの文化景観であることは複数資料が支持しますが、誰を「最初の建設者」とするかは一致しません。本稿では、パスカルらに結びつく地域の伝承として紹介し、確定した一人の建築者には絞りません。いずれの人物も都市名Mlompの命名者ではありません。


同名のムロンプを混ぜない

セネガル南部には、少なくとも二つのMlompがあります。

本稿の対象は、カザマンス川の南、ウスイ県ルディア・ウォロフ郡にあるムロンプです。ムロンプ文化博物館のカタログは、ジガンショールの南西約40キロメートルに位置すると説明します。当地ではジョラ・カサの文化が受け継がれています。

もう一つは、カザマンス川の北、ビニョナ県にある同名集落です。MlompまたはGulompaayと呼ばれる言語は、主に北側のムロンプで話されます。言語名がMlompだからという理由で、本稿の集落の言語や人口資料へ流用することはできません。

公式地理データにもMlompの点が複数あります。セネガル国土整備庁のKMLで、ウスイ県側の「Commune」として登録された点は北緯12.55771273484197度、西経16.5809891323837度です。本稿では小数第六位へ丸め、北緯12.557713度、西経16.580989度を都市一覧に使います。

この点はコミューン名を表示する代表点であり、五地区の幾何学的中心や役場建物の測量点とは限りません。北側の同名集落を示す座標とは区別します。


2023年国勢調査を五地区で合算する

セネガル国家統計・人口経済分析庁(ANSD)の2023年国勢調査には、ウスイ県の五地区が次のように収録されています。

  • Mlomp Etebemaye――196人
  • Mlomp Haer――527人
  • Mlomp Djibetene――587人
  • Mlomp Djicomol――960人
  • Mlomp Kadjifolong――1,036人

合計は3,306人です。本稿の人口欄は、この五つの国勢調査行を編集上合算した値です。ANSDが「Mlomp 3,306人」という単独行を公表しているわけではありません。

同じ2023年について、人口予測資料にはムロンプ・コミューン全域を12,076人とする値があります。これは周辺集落を含む行政区域の推計であり、五地区の集落人口とは範囲も算出方法も異なります。都市一覧では、記事が扱う五地区の実査行を合算した3,306人を採ります。


王制と博物館が伝える地域史

ムロンプ文化博物館のカタログは、最初の住民がギニアビサウ方面から移動し、ジウアの森を経てジコモルへ定住したという地域の伝承を記しています。断定ではなく、「到来したとされる」という形で伝えられた起源です。

同カタログによれば、王位は当初Manga家が担い、のちにSambou家の系統へ移りました。Djiontu Sambou-Kayounは1665年から1706年まで在位したとされ、現在の王Sibile Sambou-Kayounは2020年1月25日に即位しました。

王は、祭祀を担うだけでなく、争いを収め、共同体の結束を保つ社会的な役割を持つと説明されています。これは国家の君主制ではなく、ムロンプのジョラ社会における伝統的・宗教的な制度です。

ムロンプ文化博物館は、ジュール・サンブによって1992年に始められました。ジョラ文化の農耕、漁業、祭祀、女性と子どもの生活などを伝える資料を収蔵し、2023年にはセネガル住宅銀行財団の事業で改修されました。博物館の建物自体も、中央に雨水を取り込む伝統的な中庭型住居を参照しています。

このカタログは博物館と地域の現在の自己記述として重要です。ただし、十七世紀の出来事を同時代文書から直接検証した史料ではありません。王統や移住の記述は、地域で伝承・整理された歴史として扱います。


日本語では「ムロンプ」と置く

今回確認した日本の政府機関、図書館、研究機関の公開資料では、ウスイ県のMlompを直接示す確立した日本語漢字名を確認できませんでした。

カタカナについても、公的な日本語標準を定めた資料は見つかっていません。本稿のムロンプは、フランス語資料の綴りMlompを日本語で扱うために本シリーズが置く表記です。既に広く定着した日本語外名だとは主張しません。

フランス語資料にはMlompのほか、M'lompやM’lompeといった綴りも見えます。現在のセネガル国勢調査と公式地理データがMlompを用いるため、原綴りはこれを基準にします。

都市名Mlompの語源を確定できる資料も確認できませんでした。博物館カタログは集落の移住史を伝えますが、Mlompという語そのものの意味や最初の命名者までは説明していません。王名や最初の住民を、現在名の命名者へ置き換えることはしません。


中国語の標準形も確認できない

中国語の政府機関、通信社、大学、図書館・用語機関を対象に、Mlomp、M'lompと複数の漢字候補を組み合わせて調べました。しかし、ウスイ県の集落を直接指す、信頼できる中国語表記は確認できませんでした。

検索結果にはラテン字のJola-Mlompが現れますが、これは民族・言語の分類に使われた語であり、対象集落の中国語都市名ではありません。また、北側の同名集落や言語名の資料も混在します。

したがって、既存中国語名から文字を借りたとは言えません。候補を採るなら、万国漢字志が新たに組んだ表記であることを正面から示す必要があります。


三字案を比較する

穆隆普

三文字です。穆をム、隆をロン、普をプに対応させ、原音の三つのまとまりを残します。各字は人名・地名の音訳にも使われ得ますが、三字を連ねた穆隆普が対象集落に使われた既存例は確認できません。

姆隆普

これも三文字です。中国語の音訳字としては語頭の音を表しやすい一方、日本語の漢字索引では「姆」をムと直ちに読めるとは限りません。対象を指す直接用例もありません。

夢論布

日本語の音読みでム・ロン・プへ近づける三文字です。しかし、「夢」「論」「布」という意味の連なりが強く、集落の歴史や文化から得た名称であるかのような余分な物語を生みます。音だけを整えるために意味を背負わせる案は採りません。

二字形

ムロンプの三つの音節を二字へ縮める直接用例も、地域で使われる略称も確認できませんでした。二字を優先するためだけに音を落とすことはしません。

今回は、三つの音の対応を保ち、意味の物語を過度に加えない穆隆普を選びます。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、三字の穆隆普を採ります。

制定区分は創です。日本語の歴史的漢字名を復元したものでも、中国語圏の既存表記を採録したものでもありません。公開資料を調べても直接用例を確認できなかったため、万国漢字志が日本語都市索引のために新たに組む暫定案です。

穆隆普という形を採った主体は万国漢字志ですが、特定の一個人を漢字表記の命名者として登録しません。候補比較と選定過程は本稿に残し、より古い直接用例や地域で使われる漢字形が見つかった場合は、制定形と区分を再検討します。

都市名Mlompそのものの命名者も未確認です。王Sibile Sambou-Kayoun、博物館創設者Jules Sambou、二階建て住居に関わったと伝わるPascal Diédhiouらは、地域史上の人物ですが、都市名の命名者としては扱いません。


万国漢字志の暫定案

本稿で用いる都市名
ムロンプ

所属国
セネガル

歴史的な日本語漢字表記
未確認

信頼できる中国語表記
未確認

暫定制定都市名
穆隆普――創

制定状態
暫定制定・日本語原典、中国語直接用例、語源と命名史を継続調査


未解決点

未解決点は、日本語の歴史的漢字表記、中国語の標準的な漢字形、Mlompという名の語源と初出、都市名の命名者、穆隆普より前の直接用例です。

人口3,306人は、ムロンプ・コミューン全域の人口ではなく、2023年国勢調査にある五地区の行を合算した値です。座標は公式KMLが「Commune」として置く代表点であり、五地区の境界や中心を精密に定めるものではありません。

二階建て住居の着想者・建設者については複数の人名と年代が伝わります。建築の存在と文化的重要性は確認できますが、最初の一棟を誰が、何年に完成させたかは本稿では確定しません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第五十一号

次は、ポワント・サン=ジョルジュです。

ムロンプ・コミューン北部、カザマンス川沿いの村へ進み、フランス語名の成立と漢字表記を調べます。