五字の根拠があるなら、縮めない
都市篇第十五号は、モロッコ大西洋岸のモハメディアです。
中国の外交・商務資料は、この都市を穆罕默迪耶と記しています。五字は都市篇の主流とする二字・三字より長い形です。
しかし、短くする方針と、確認できた地名から任意の字を削ることは同じではありません。今回は都市、工業区、港を示す公的用例を確かめ、五字のまま暫定制定します。
この都市には、フェダラという旧称があります。現在名はモロッコ独立を象徴する国王モハメッド5世と直接結び付いていますが、1959年の改称政令と1960年の命名記念を分けて読む必要があります。
日本語では「モハメディア」
在モロッコ日本国大使館の運転免許証案内は、手続を行う都市の一覧にモハメディアを載せ、所在地をMOHAMMEDIAと併記しています。同じページの指定医療機関一覧にも、都市名としてモハメディアが現れます。
国際協力機構は、モロッコ西海岸の港湾都市モハメディアへ派遣された協力隊員の活動を紹介しています。ジェトロも、電線メーカーの既存生産拠点をモハメディアと記しています。
日本の在外公館、国際協力機関、貿易振興機関が同じカタカナ形を使っているため、本稿の現代日本語都市名はモハメディアとします。
日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。したがって、モハメディアは首都ではありません。
中国の公的資料にある「穆罕默迪耶」
在モロッコ中国大使館の国別概況は、モロッコの主要港を列挙し、カサブランカ、ジュルフ・ラスファル、タンジェなどと並べて穆罕默迪耶を挙げています。中国領事服務網のモロッコ概況にも同じ五字があります。
中国商務部系の投資法案資料は、投資環境上の十五の省・市を欧文と中国語で対照し、Mohammediaを穆罕默迪耶としています。港だけでなく行政地域を示す文脈です。
さらに中国商務部の服務貿易案内は、中国企業が2016年に穆罕默迪耶工業区へ茶葉包装工場を設けたと記します。都市の工業区を直接指す用例です。
港、行政地域、工業区という異なる文脈で五字形が反復されています。今回確認した範囲では、二字形または三字形を同じ都市へ直接用いる中国政府資料は見つかりませんでした。
穆罕默迪耶は簡体字と日本で通常用いる字体の間で字形を置き換える必要がありません。そのため、原資料の五字を採用欄にもそのまま記します。
ただし、中国語圏の表記は一つではありません。新華社の2017年記事は中国医療隊の派遣先を穆罕默迪亚とし、国家衛生健康委員会の資料も穆罕默迪亚省と穆罕默迪亚市中心を使っています。末字が耶ではなく亚です。
一方、新華社の2019年記事は、モロッコの海辺の小都市を穆罕默迪耶と直接記しています。台湾国防部海軍の資料も、商港名に同じ穆罕默迪耶を用います。
今回は、中国大陸の都市用例と港用例に加え、台湾の公的な港用例でも一致する穆罕默迪耶を主候補とします。ただし、穆罕默迪亚も公的な直接用例を持つ競合形として残します。
日本語の歴史的漢字表記は未確認
今回行った国立国会図書館サーチ、アジア歴史資料センター、NDL Ngram Viewerでの限定的な検索では、モロッコのモハメディアを指す日本語の歴史的漢字表記を確認できませんでした。
検索では、モハメディア、モアメディア、フェダラ、フェドハラ、Mohammedia、Mohammédia、Fedala、Fédalaなど、現在名と旧称の揺れを調べました。しかし、穆罕默迪耶を日本語原典の都市名として使用した例は確認できません。
現在の中国語形がウェブ上に存在することだけで、日本語の歴史表記だったとは言えません。未確認は不存在の証明でもないため、日本語の歴史的漢字表記は未確認とし、旧地図、旅行記、海運資料の継続調査を残します。
フェダラからモハメディアへ
カサブランカ=セタット地方投資センターは、この都市が当初Fedalaと呼ばれ、14世紀からスペイン、ジェノヴァ、ヴェネツィアの商人と交易したと説明しています。
同センターによると、1773年にはスルタンのシディ・ムハンマド・ベン・アブダッラーが要塞を築き、その壁内は穀物倉庫として使われました。1914年に建設された港は、1951年には北アフリカで先進的な石油港となりました。
法的な改称は1959年の官報で確認できます。1959年11月17日付政令第2-59-1539号は、地名変更の付表にAu lieu de Fedala : Mohammediaと記しています。政令第二条は新名称を官報掲載日から適用すると定め、官報第2457号の掲載日は1959年11月27日です。
これに対し、カサブランカ=セタット地方投資センターは、1960年6月25日のSamir製油所定礎に際し、Fedalaがモハメッド5世に敬意を表してMohammediaへ改称されたと説明します。モロッコの自治体情報を集約するCommunes & Villes du Marocのモハメディア市ページも、この日の訪問でモハメッド5世がFedalaに代えてMohammediaと命名したと記します。
官報の法的改称は、これらの説明より約七か月早く発効しています。したがって、1959年11月27日を法的改称日、1960年6月25日を王室訪問と命名記念の日として分けます。後者だけから、モハメッド5世が名称を最初に考案した個人だとは断定しません。
港と工業が形づくった都市
カサブランカ=セタット地方投資センターは、モハメディアをカサブランカとラバトの中間に置き、石油港と産業基盤を備えたエネルギー拠点と位置付けています。
同センターは、化学・準化学、電気・電子、機械・金属、繊維、食品などの産業と、複数の工業地区を挙げています。一方で、10キロメートルを超える海岸、海浜、森林、スポーツ施設も紹介しています。
在モロッコ日本国大使館の経済資料には、モハメディア発電所、製塩公社、ホテル建設などが現れます。JICAの紹介では港湾都市として扱われ、ジェトロの記事では製造拠点として扱われます。
現在のモハメディアは、旧称を持つ港町であると同時に、カサブランカ大都市圏に接する工業都市です。都市紹介では、県全体と市の範囲を混同しないよう注意します。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、2024年9月1日現在のCommune de Mohammadiaの法定人口を19万4,358人、世帯数を5万4,738世帯としています。人口の内訳はモロッコ人19万1,843人、外国人2,515人です。
同じ統計のモハメディア県には、市以外の自治体も含まれます。県人口を都市人口へ置き換えず、公式サイトにはコミューンの法定人口19万4,358人を採ります。統計表では欧文綴りがMohammadiaとなっている点も原資料どおり記録します。
GeoNamesのMohammedia(ID 2542051)が示す都市座標は、北緯33.68607度、西経7.38298度です。県の中心点ではなく、都市地点の座標を地図表示に用います。
五字形と短縮案
穆罕默迪耶
中国の外交・領事・商務資料が使う五字形です。港だけでなく、省・市一覧と工業区にも直接用例があり、対象範囲が一つの資料に偏りません。
一方、日本語の歴史的漢字表記としての用例は未確認です。中国語圏の既存表記を現代日本語の都市索引へ取り込むため、制定区分は創とします。この創は、五字の文字列を本稿が新造したという意味ではありません。
穆罕默迪亚
新華社と中国国家衛生健康委員会に、都市または県級地域を直接指す用例があります。中国大陸で現役の公的表記ですが、末字を機械的に日本字体へ変換して穆罕默迪亞を作ることはしません。
穆罕默迪耶にも中国大陸の都市用例があり、台湾の公的資料とも字形が一致します。今回はこの横断性を優先しますが、二形の使い分けや成立順序は未確定です。
穆罕默、穆罕、默迪など
五字から二字または三字を切り出すことはできます。しかし、今回確認した公的資料に、それらをモロッコのモハメディアへ単独で使う直接用例はありません。
特に穆罕默は人名Mohammedの音写として広く使われ、都市名と人名の区別も弱くなります。短いという理由だけで採ることはできません。
フェダラの漢字化
旧称Fedalaは都市史を理解するために重要ですが、日本語史料の漢字形は確認できませんでした。費達拉、菲達拉など、音から作れる候補を史料用例なしに追加しません。
都市名と漢字表記の命名者
現在名Mohammediaについては、1960年6月25日にモハメッド5世がFedalaに代えて命名したとする自治体情報を確認できました。現在名が同国王に敬意を表した名称であることは、地方投資センターの記述とも一致します。
しかし、官報上の改称は1959年11月27日に発効しており、政令の署名者と名称の考案者も同じとは限りません。モハメッド5世は現在名が顕彰する人物として記録しますが、名称の造語者とは認定しません。
漢字形穆罕默迪耶と穆罕默迪亚を最初に作った人物も確認できません。中国大使館、新華社、商務部などは使用機関であって、個人の造語者ではありません。現在名と漢字表記の命名者は、いずれも未確定とします。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、五字の穆罕默迪耶を採ります。
根拠は、中国の外交・領事・商務・報道資料が、モロッコのMohammediaを都市、港、行政地域、工業区として反復して記していることです。今回確認した資料に、同じ都市を直接指す二字形または三字形はありませんでした。
都市篇は二字・三字を主流としますが、史料にない短縮を作るための規則ではありません。五字を採る理由は本文に明記し、将来、根拠ある短い表記が見つかった場合に再検討します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
モハメディア
所属国
モロッコ
中国の公的資料で確認した都市表記
穆罕默迪耶/穆罕默迪亚
旧称
フェダラ(Fedala / Fédala)
暫定制定都市名
穆罕默迪耶――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
二字・三字の短縮形は、都市名としての直接用例を確認できないため採りません。旧称フェダラの音から作れる漢字形も、原典なしには追加しません。
未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、旧称Fedalaの語源と命名者、漢字形穆罕默迪耶と穆罕默迪亚の初出・使い分け・命名者です。
1959年の官報と1960年の地方資料は、法的改称と王室訪問を別の日付で示します。両者を直接結ぶ王室演説または行政記録、名称の考案過程は未確認です。モハメッド5世への顕彰と、個人による造語を同じ事実にはしません。
参考資料
- 在モロッコ日本国大使館「運転免許証」
- JICA海外協力隊「山形県 渡邉直樹さん」
- ジェトロ「フランス総合電線メーカーのネクサンス、モロッコに第3工場建設へ」
- 在モロッコ中国大使館「摩洛哥概况」
- 中国領事服務網「摩洛哥」
- 中国商務部「摩洛哥新投资法案参考材料」
- 中国服務貿易指南網「华夏茶香飘摩洛哥」
- 新華社「中国医疗队在摩洛哥开展义诊」2017年
- 新華社「通讯:中医针灸为摩洛哥海滨小城患者解除病痛」2019年
- 中国国家衛生健康委員会「援摩洛哥医疗队穆罕默迪亚分队」
- 台湾国防部海軍「直布羅陀海峽和建造中的海底鐵路」
- カサブランカ=セタット地方投資センター「Mohammedia」
- Communes & Villes du Maroc「Dakira, la semaine du patrimoine」
- モロッコ官報第2457号(1959年11月27日)政令第2-59-1539号
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別人口(Excel)」
- GeoNames「Mohammedia」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
- NDL Ngram Viewer
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第十六号
次は、エル・ジャジーダです。
ポルトガル時代のマザガンという旧称を持つ大西洋岸の都市について、日本語史料と中国語圏の漢字表記を調べます。
