万国漢字志

都市篇 · フランス

万国漢字志 都市篇 第二百二号|ミュルーズ――交流史のカタカナと、住所に添えられた三字――

アルザスのミュルーズ。外交青書の交流史と中国総領事館の住所一覧から読みと漢字を確かめ、米卢斯の字形を一字だけ調整する。

以前のnote記事を読む

布地をめぐる交流の町

『外交青書2025』に、日本とアルザスの交流を振り返るコラムがあります。その入口に現れる町がミュルーズです。1863年、大阪の商人たちが訪れ、生地の生産を依頼したと紹介されています。

歴史を扱う文章ですが、ここに書かれたカタカナは、いま私たちが読むための日本語です。一方、中国の総領事館が公開した一覧では、同じ町の住所に米卢斯の三字が添えられています。二つの資料から、読みと漢字を別々に確かめます。


歴史表記

ミュルーズの日本語の歴史的漢字表記は、現時点では原典未確認です。 漢字と読みを伴う古い頁、初出、選字者を示せる段階ではありません。

交流史の説明に1863年という年があっても、その時代の商人が「ミュルーズ」と書いた、あるいは今回の漢字三字を使った、と判断することはできません。現代の政府刊行物が過去を説明する文章と、当時の人が残した文字の原典とは分ける必要があります。

今回確認するのは原綴りMulhouseの自治体です。別の言語による歴史的名称や、その名称に対応する漢字表記の同定まで終えたものではありません。


日本語での用例

外務省の『外交青書2025』第2章第5節「2 欧州地域情勢」には、在ストラスブール日本国総領事館によるコラム「欧州の中心に位置する日本のパートナー」が掲載されています。副題は、日本とアルザスの交流160年をたどるものです。

冒頭の交流史にミュルーズが登場します。商人たちの訪問の翌年には、その生地が日本に到着したと記されています。本稿では、この公的な刊行物に見える形を現代日本語名に採ります。

青書の2025年版という刊行の時点と、そこで扱う19世紀の出来事は別です。また、この文章で確かめられるのは日本語での名称の使用です。古い音写の初出や、現在の自治体人口を、このコラムから求めることはしません。


中国語圏その他の表記との比較

在ストラスブール中国総領事館が2021年1月8日に掲載した検査機関についての通知は、第二項で都市ごとに機関と住所を並べています。その第6番に米卢斯があり、同じ行の住所末尾は68100 Mulhouseです。

漢字名とラテン文字の地名を同じ項目で照合できる用例です。ここでは2021年当時の通知にある地名の使い方を参照しており、当時の検査制度や機関一覧を現在の渡航案内として紹介するものではありません。

原文は米卢斯。本誌案は、中央の卢を盧へ替えた米盧斯です。米と斯はそのまま残します。字形を調整したことを明記し、中国語原文に最初から米盧斯と載っているようには示しません。

この総領事館の用例を確認しても、台湾などで同じ字形が使われるか、日本語の漢字名として定着しているかまでは分かりません。示せるのは、発信元と所在地の対応が分かる現代の一用例です。


二文字・三文字案の比較

米斯

中央の字を省く、本誌の二字短縮案です。短くまとまりますが、原資料にある三字の並びを変えます。二字からミュルーズの読みを思い出せるとも限らず、短さだけで選ぶ根拠は弱いと考えます。

米盧斯

確認した三字の構成を保持し、卢だけを盧に調整する案です。標準の三字に収まり、短縮のための省略を加えずに使えます。

ただし、米の通常の日本語の読みだけで「ミュ」が伝わるわけではありません。盧を「ル」と読む手がかりにしても、長音や末尾の有声の音まで一意には示せません。ミュルーズの読みを添えて使うことが前提です。

美留須

日本語の「ミ・ル・ス」を思い浮かべやすい字で組む、本誌の三字創案です。この形を既存用例として確認したわけではありません。日本語の音読みへの近さを狙っても、「ミュ」と「ミ」、語末の「ズ」と「ス」の違い、長音の問題は残ります。フランス語の発音を精密に再現する表記ではありません。

今回は、読みを自動的に表すという期待を漢字へ負わせすぎず、確認できた三字の構成を保ちます。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ミュルーズ

所属国

フランス

原資料で確認した現代中国語表記

米卢斯

暫定制定都市名

米盧斯――改

制定状態

暫定制定・原典継続調査

三字のうち卢を盧に調整したため、区分は「改」です。日本語の歴史的な当て字として確認したという意味ではありません。都市篇の標準の三字内に収まります。

人口はINSEEの2023年1月1日基準で104,978人。2025年1月1日の自治体境界に基づき、2026年1月1日に発効した版です。周辺自治体を含む広域のまとまりではなく、Mulhouse自治体全体の人口を用います。


採らなかった表記と未解決点

米斯と美留須は、本誌が比較のために作った案です。現地資料に見つかった異名や、日本語で使われてきた漢字名としては数えません。

漢字と読みを併記した日本語の原典、初出、選字者の確認は残っています。また、他言語による旧称との関係を調べる場合も、名前の似た別都市や周囲の広域自治体の表記を、無条件に同じものとして集めないようにします。

交流史の文章に残るカタカナと、住所一覧に添えられた漢字。それぞれの資料が伝える範囲を守り、字形を一字だけ調整した三字案を暫定的に採ります。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。


次回予告|都市篇 第二百三号

次回はナンシー。日本語と中国語の領事資料で、市を指す名前を確かめます。