用事の行き先としての町の名
外国の町の名前は、旅行記や地図だけにあるものではありません。パスポートや証明書を受け取るための案内にも、その町がどう呼ばれているかが残ります。在ストラスブール日本国総領事館の領事出張案内には、開催先としてナンシー市が記されています。
中国の総領事館による訪問報告では、同じ町を南锡市と呼んでいます。カタカナの長音を含む名と、漢字二字。字面が短くなった分だけ読みやすくなるのか、資料の使い方から考えます。
歴史表記
ナンシーの日本語の歴史的漢字表記は、現時点では原典未確認です。 古い頁にある漢字、そこに添えられた読み、初出、選字者をそろえて示すことはできません。これらは要継続調査です。
南錫という二字を見て、日本でも古くから使われていた当て字だろうと推測することは避けます。今回確認した原文は中国語の南锡です。そこから字形を調整する本誌の判断と、日本語の表記史の確認とは別になります。
本稿の対象は原綴りNancy、フランスのムルト・エ・モーゼル県にある自治体です。町の名を含む周辺自治体や広域の人口を、そのままこの市のものとして扱うこともしません。
日本語での用例
在ストラスブール日本国総領事館の「令和8年(2026年)度領事出張サービスのお知らせ」は、2026年7月23日付の案内です。開催場所の欄にナンシー市があり、会場の住所にも54000 Nancyと記されています。
本稿では、この日本語とラテン文字の対応から、現代日本語名をナンシーとします。領事出張を企画する当事者が、開催先を示すために使った用例です。
案内には11月4日という開催予定日が記されていますが、本稿を執筆する11月2日時点では未来の日付です。予定が掲載されていることと、行事が実際に行われたことは分けます。ここで参照するのは地名の表記であり、開催実績の報告ではありません。
また、一つの会場の住所が確認できても、それだけで自治体全体の境界が確定するわけではありません。人口を引用する対象は、別に確認したINSEEの自治体単位です。
中国語圏その他の表記との比較
在ストラスブール中国総領事館の「驻斯特拉斯堡总领事凌军拜会默尔特-摩泽尔省政要」は、2018年1月15日付の報告です。冒頭は同月11日の訪問を記し、国際関係を担当する副市長の説明に南锡市を使っています。
末尾にも、ムルト・エ・モーゼル県の県都として南锡市が挙げられています。人名としてのNancyや、大学名の一部を推測して市名にしたものではなく、市を指して使われた表記です。掲載日と訪問日にも四日の違いがあります。
原文の地名は南锡。本誌案は、锡を錫へ調整した南錫です。南はそのまま残します。この字形の調整は本誌の判断であり、原文に南錫と印刷されているとは説明しません。台湾などでの用例は、今回の資料だけでは確認できません。
二文字・三文字案の比較
南錫
確認した二字の構成を保持し、字形を調整する案です。短縮のための省略を加えず、都市篇の標準の二字に収まります。
南は日本語で「ナン」と読む手がかりになります。一方、錫の通常の音読みをそのまま当てると、ナンシーという読みには届きません。二字の漢字名とナンシーの読みを併記する案であって、漢字だけで発音が一意に分かるとはいえません。
南志
錫を志に替えて「シ」の手がかりを作る、本誌の二字案です。ただし、この形をナンシーの名として使う原資料は確認していません。字を替えても長音は表示されず、読みの説明が不要になるわけではありません。
南志伊
「ナン・シ・イ」のように分けて三字を置く、本誌の創案です。長音の部分を一字として足す考え方ですが、日本語での音の区切りを漢字へ写すための便宜にすぎません。伊の字を足すことで、かえって二つの母音のように受け取られる余地もあります。
今回は、長音を一字ずつ書き出すより、確認した二字の構成を保つことを選びます。どの案も現地の音を精密に写すものではなく、読みの併記が必要です。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
ナンシー
所属国
フランス
原資料で確認した現代中国語表記
南锡
暫定制定都市名
南錫――改
制定状態
暫定制定・原典継続調査
原文の锡を錫に調整するため、区分は「改」です。中国語の一用例をもとにした暫定案であり、日本語の歴史的漢字名としての定着を認定したものではありません。
人口はINSEEの2023年1月1日基準で103,671人。2025年1月1日の自治体境界に基づき、2026年1月1日に発効した版です。ここではNancy自治体全体の人口を採り、周辺を含む都市圏の人数とは区別しています。
採らなかった表記と未解決点
南志と南志伊は本誌の比較案です。既存の別名として紹介したり、選字者のいる歴史表記として数えたりはしません。
日本語の漢字と読みを伴う原典、初出、選字者は未確認です。今後、別時代や別地域の用例が見つかれば、南錫との関係を比べ直します。今回の二字が中国語圏全体で唯一の標準だという結論も出しません。
同じ市へ向けた二つの領事資料から、日本語で使う読みと中国語で使う二字を確かめました。読みを伴わせ、原文と本誌の字形調整を見分けられる形で、南錫を暫定案として残します。
参考資料
- 「令和8年(2026年)度領事出張サービスのお知らせ」、2026年7月23日、在ストラスブール日本国総領事館。開催場所のナンシー市と会場住所を参照。11月4日は開催予定日。
- 「驻斯特拉斯堡总领事凌军拜会默尔特-摩泽尔省政要」、2018年1月15日、在ストラスブール中国総領事館。訪問は1月11日。
- 『Populations de référence 2023 — Commune de Nancy (54395)』、INSEE、2025年12月29日。2023年人口・2025年境界・2026年発効。
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。
次回予告|都市篇
次回の都市は、人口と対象範囲を確認したうえでお知らせします。日本語での呼び名と漢字の用例を引き続き調べます。
