日本語の「ラバト」と、中国語の「拉巴特」
都市篇第三号は、モロッコの首都ラバトです。
現代中国語では、三文字の、
拉巴特
が使われています。二文字・三文字を主流とする都市篇にとって、扱いやすい長さです。しかし、三字で収まるからといって、すぐに日本語の歴史表記とは呼べません。
今回確認した日本語の公的資料は、漢字ではなくカタカナを使っています。1938年の官報資料には「ラバット(Rabat)」、1965年の日・モロッコ間交換公文には「ラバト」とあります。
一方、中華人民共和国外交部と中華民国外交部は、現在の首都名をともに「拉巴特」と記します。
同じ都市を指していても、資料が属する言語圏と時代は分けて読む必要があります。
日本語史料で確認できたのはカタカナ
1938年2月の官報資料は、外国郵便為替を扱うモロッコの郵便局名として、
「ラバット(Rabat)」
を掲げています。日本の行政文書に現れる都市名ですが、表記はカタカナです。
戦後の1965年、日本国政府とモロッコ王国政府の交換公文も、末尾の日付を「ラバトで」と記します。現在の外務省「モロッコ基礎データ」も首都を「ラバト」としています。
今回調べた範囲では、日本語の歴史資料や現代日本語資料から「拉巴特」をラバトの漢字表記として使う直接例を確認できませんでした。
したがって、「拉巴特」を史や既として扱う根拠はありません。日本語の資料に漢字用例が見つかれば区分を見直しますが、現段階では未確認です。
中国語圏では三字が現役
中華人民共和国外交部のモロッコ国別ページは、
首都 拉巴特(Rabat)
と記します。中華民国外交部の国別情報も「首都拉巴特」としています。字体差のない三字が、中国大陸と台湾の公的資料で共通しています。
日本語の日中辞典でも、ラバトに対応する中国語として「拉巴特」が採録されています。ただし、辞典が示しているのは中国語訳です。日本語本文で一般に使われる漢字都市名だという意味ではありません。
都市篇では、現代中国語の表記を重要な比較資料にします。しかし、それを日本語の古い用例へ読み替えることはしません。
要塞都市の名へ
モロッコ政府公式ポータルの年表は、1198年にラバトの要塞が拡張され、その後「リバート・アル・ファトフ(Ribat al-Fath)」の名を持つようになったと記します。
ラバト文化遺産保存財団の史跡案内も、ヤアクーブ・マンスールの治世にこの地が「リバート・アル・ファトフ」と呼ばれたと説明しています。現在のRabatは、この長い名の前半に連なります。
ただし、ヤアクーブ・マンスール本人が都市名を造語したと断定できる一次記録までは確認できませんでした。彼の治世と大規模な都市建設は資料で確認できますが、都市名の命名者とは認定しません。
漢字の「拉巴特」を誰が最初に作ったかも未確認です。アラビア語名の成立に関わる人物と、中国語音訳の造語者を混同しません。
現在の首都と歴史都市
外務省はモロッコの首都をラバトとしています。GeoNamesの検索結果が示す座標は北緯34.0132538202818度、西経6.83255195617676度です。
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査資料は、ラバト・コミューンの人口を50万9916人と記録しています。本稿の人口欄は、この行政範囲の数値を採用します。都市圏人口とは範囲が異なります。
ユネスコ世界遺産センターは、ラバトを「近代首都と歴史都市の共有遺産」として登録しています。登録範囲には、12世紀にさかのぼる城壁・門・ハッサン・モスクの遺構と、フランス保護領期の1912年から1930年代に整備された新市街が含まれます。
古いイスラーム都市と20世紀の計画都市が、別々の観光地としてではなく、一つの首都の層として残っている都市です。
二文字・三文字案の比較
拉巴特
三文字です。中国大陸と台湾の公的資料で現在使われ、ラバトの音にも対応します。今回比較した候補の中では、出所が最も明確です。
ただし、日本語の歴史表記や既存表記ではありません。万国漢字志が日本語の都市索引へ新たに採用するため、制定区分は創とします。
拉巴
二文字に縮める案です。しかし、「拉巴」だけでラバトを指す公的用例や日本語用例は確認できませんでした。「特」を落とす根拠がないため採りません。
羅巴特
「羅」を使う異体案です。日本語の字面としては作れますが、今回確認した中国大陸・台湾の公的資料はいずれも「拉」を使っています。史料にない字体変更を加える必要はありません。
理巴特
語源の「リバート」に寄せる案です。しかし、これは現代日本語名「ラバト」の音から離れ、確認できた既存表記にも基づきません。語源説明と制定表記を混ぜるため採りません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
ラバト
所属国
モロッコ
暫定制定都市名
拉巴特――創
制定状態
暫定制定・原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
二文字案「拉巴」は、都市名としての直接用例が確認できないため採りません。「羅巴特」「理巴特」も、確認できた公的表記を改める根拠がありません。
未解決点は三つあります。
第一に、日本語資料におけるラバトの漢字表記です。今回確認できた1938年と1965年の公的資料はいずれもカタカナでした。明治・大正期の地理書、新聞、地図には調査の余地があります。
第二に、「拉巴特」という中国語音訳の初出と造語者です。現在の公的使用は確認できましたが、誰がいつ三字を定めたかは確定できません。
第三に、「リバート・アル・ファトフ」の命名を特定の一人へ帰せるかです。ヤアクーブ・マンスール治世の都市建設と名称の使用は確認できますが、本人による造語だと断定できる資料は得られていません。
参考資料
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 日本国政府とモロッコ王国政府との間の貿易取極の附表の改正に関する交換公文、1965年
- 朝鮮総督府官報データベース「逓信省告示第348号」、1938年
- 中華人民共和国外交部「モロッコ国家概況」
- 中華民国外交部「モロッコ王国」
- コトバンク『日中辞典 第3版』「ラバト」
- モロッコ政府公式ポータル「1198年、ラバト要塞の拡張とRibat al-Fath」
- ラバト文化遺産保存財団「ウダイヤの城壁と門」
- GeoNames「Rabat」検索結果
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別人口」
- UNESCO World Heritage Centre「Rabat, Modern Capital and Historic City: a Shared Heritage」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第四号
次は、フェズです。
同じモロッコの古都へ移り、二文字表記の用例と、首都がラバトへ移った前後の日本語資料を確認します。
