二字を切り出さず、二字の史料から採る
都市篇第十七号は、モロッコ大西洋岸のサフィです。
中国の公的資料には、この都市の港を指す二字の萨菲があります。日本で通常用いる字体に直せば薩菲です。
長い表記から都合のよい二字だけを切り出すのではありません。資料の中に最初から二字で現れ、Safiの港であることも明示されています。そのため、今回は薩菲を暫定制定都市名に選びます。
一方、台湾の資料には異なる二字形薩非もあります。同じ音を「菲」と「非」のどちらで写すかが分かれています。この揺れを消さず、採用形と異表記を分けて記録します。
日本語では「サフィ」
日本国外務省は、スイラケディマ新世代漁港整備計画に関する書簡交換の記事で、署名地をモロッコ王国のサフィにおいてと記しています。現代日本語名はサフィです。
JICA海外協力隊の現地報告にもSafi サフィという見出しがあります。同記事は、現地で古くからアスフィーと呼ばれる大西洋岸の港町であること、ポルトガル時代の要塞と陶器で知られることを紹介しています。
「サフィ」と「アスフィー」は、現代日本語表記と現地名に近い呼び方の差です。本稿では外務省の表記に合わせ、都市名欄をサフィとします。
日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。サフィはサフィ県の中心都市ですが、国の首都ではありません。
中国の公的資料にある「萨菲」
中国の「一帯一路」公式ポータルに掲載された対外投資協力国別ガイドは、モロッコの港湾一覧でSafi Ville 萨菲城市港、さらにSafi 萨菲港と記しています。
欧文名と漢字形が同じ項目にあり、対象がサフィの都市港・港であることも明確です。別の同名地や人名を指す用例ではありません。
原文の萨は中国大陸の簡体字です。日本で通常用いる字体に置き換えると薩となるため、萨菲を日本字体へ正規化した形が薩菲です。
これは翻訳者名や命名者名の記録ではありません。確認できるのは、公的資料が現在のサフィ港へ二字の萨菲を直接使っている事実です。
台湾資料の異形「薩非」
台湾国防部が公開する北アフリカ戦役の研究資料には、1942年のトーチ作戦を扱う箇所で薩非(Safi)とあります。
こちらは繁体字の二字形で、末字が菲ではなく非です。Safiという欧文名が併記されるため対象の確認はできますが、現代の外国地名標準表ではなく、戦史研究の文脈にある用例です。
本稿では、現在の港へ直接対応し、都市港・港と明示する中国の公的資料を優先して薩菲を採ります。薩非は誤りとして捨てず、史料で確認できる異表記として残します。
二つの形のどちらが古いのか、また各表記を誰が最初に選んだのかは確認できませんでした。
現地名とポルトガル語形
サフィの現地語表記はآسفيです。JICAの現地報告が記す「アスフィー」は、この形に近い日本語転写です。
ポルトガル語圏の歴史資料にはSafimという形が現れます。これはポルトガル勢力が大西洋岸へ進出した時期の名称資料であり、現在の日本語名をSafimへ戻す根拠ではありません。
モロッコとポルトガルの歴史資料では、ポルトガル勢力による攻撃から占領成立までの経過と年の置き方に差があります。日付を一つに固定せず、16世紀初頭に支配が成立し、1541年に撤退したという範囲で扱います。
現在のSafi、現地語形Asfi、ポルトガル語形Safimの関係には、継続調査の余地があります。語源については複数の説が紹介されますが、今回確認した史料だけで一説へ確定しません。
命名者は確認できない
今回確認した資料では、サフィの現在名を一人の人物が定めたとする命名記録を確認できませんでした。古い港町の名は、言語と時代をまたいで異なる形に記録されています。
今回確認した資料からは、現在名Safiの命名者を特定できません。また、漢字表記萨菲または薩非を最初に作った人物も確認できません。
公的機関が表記を掲載していることと、その機関や記事執筆者が表記を造語したことは別です。根拠がない人物名を、都市名または漢字表記の命名者として登録しません。
陶器、港、リン酸工業
モロッコ国立観光局は、サフィを大西洋岸の港町として紹介し、陶工街、旧市街、ポルトガル時代の城塞を主な見どころに挙げています。
青を基調とするサフィ陶器は、現在の都市を代表する工芸です。旧市街と工房は観光資源であるだけでなく、陶工が働き、技術を継承する生産の場でもあります。
サフィは工芸都市であると同時に、港湾・工業都市でもあります。JICAの現地報告は大西洋岸の港町と記し、OCP Groupはサフィをリン酸加工と肥料生産の工業拠点として位置づけています。
陶器、漁業、港湾、リン酸工業は別々の都市像ではありません。大西洋岸の港を基盤に、伝統工芸と近代工業が並ぶのが現在のサフィです。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、2024年9月1日現在のCommune de Safiの法定人口を32万3,888人としています。
同じ資料にあるサフィ県全体の人口は71万9,671人です。県人口を都市人口として載せると対象範囲が広すぎるため、公式サイトには自治体人口32万3,888人を採ります。
GeoNamesのSafi(ID 2537881)が示す都市座標は、北緯32.29939度、西経9.23718度です。県の代表点ではなく、都市地点の座標を地図表示に用います。
二つの二字表記を比べる
薩菲
中国の公的資料にある萨菲を日本字体へ直した形です。
資料には都市港・港であることと欧文名Safiが併記され、現在地への対応が明確です。二字の形を本稿が新たに切り出す必要もありません。
薩非
台湾国防部掲載資料がSafiを併記して使う二字形です。
用例は確認できますが、1942年の戦役を論じる文脈で、現代都市名の標準化資料ではありません。今回は異表記として記録します。
日本語の歴史的漢字表記は未確認
今回行った国立国会図書館サーチの限定的な書誌検索では、サフィを指す日本語の歴史的漢字表記を確認できませんでした。
検索ではサフィ、サフィー、サフィム、Safim、Asfi、薩非、薩菲、萨菲を照合しました。国立国会図書館デジタルコレクションでは、2008年の日本語資料にサフィ(Safi)というカタカナ用例を確認できます。
中国語圏の萨菲と薩非が見つかったことは、日本語史料で同じ漢字が使われていた証明にはなりません。このため、日本語の歴史的漢字表記は未確認とします。
未確認は不存在の証明ではありません。戦前の地図、海運資料、ポルトガル領モロッコ関係資料には、画像本文を含む継続調査の余地があります。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、二字の薩菲を採ります。
根拠は、中国の公的資料が現在のサフィ港へ二字の萨菲を直接使っていることです。日本で通常用いる字体に正規化しただけで、長い漢字列の一部を切った表記ではありません。
一方、台湾資料の薩非にもSafiへの対応を確認できます。採用形を薩菲に定めても、異形の存在と戦史資料での用例は併記します。
薩菲を日本語の歴史的都市名として用いた原典は未確認です。中国語圏の既存二字形を現代日本語の都市索引へ新たに取り込むため、制定区分は創とします。
この創は、文字列薩菲を万国漢字志が世界で初めて作ったという意味ではありません。既存の中国語形を、日本語側の制定表記として採用する区分です。
採用状態は暫定です。日本語原典の用例、より古い二字形、または薩菲と薩非の標準化過程を示す資料が見つかった場合は再検討します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
サフィ
所属国
モロッコ
中国の公的資料で確認した現在名
萨菲
台湾資料で確認した異表記
薩非
暫定制定都市名
薩菲――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
薩非にはSafiを指す資料があります。しかし、現在の都市港・港を直接示す公的資料の萨菲を優先し、日本字体へ直した薩菲を採りました。
未解決点は、萨菲と薩非それぞれの初出、両形の地域別・時代別の使い分け、現地名آسفيの語源、現在名の命名者、各漢字形の造語者、日本語資料における歴史的漢字表記です。
ポルトガル勢力による攻撃から占領成立までの具体的な年と経過にも、参照資料間で記述の差があります。推測で一つの年に固定せず、継続調査事項として残します。
参考資料
- 外務省「モロッコに対する無償資金協力『スイラケディマ新世代漁港整備計画』に関する書簡の交換」
- JICA海外協力隊「モロッコの歩き方 N°14 サフィ」
- 中国「一帯一路」公式ポータル掲載「対外投資合作国別(地区)指南 モロッコ」
- 台湾国防部「従1942年北非戦役『火炬行動』探討巴頓将軍之領導統御作為」
- モロッコ国立観光局「Safi」
- OCP Group「Industrial operations」
- モロッコ宗教・寄進省掲載「サフィとポルトガル支配に関する歴史記事」
- ポルトガル国立図書館掲載「サフィとポルトガル勢力に関する歴史資料」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別法定人口」
- GeoNames「Safi」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 国立国会図書館デジタルコレクション「サフィ(Safi)」
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
- NDL Ngram Viewer
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第十八号
次は、エッサウィラです。
サフィから大西洋岸を南へ進み、現在名エッサウィラと旧称モガドールの日本語史料、中国語圏の漢字表記、名称史を調べます。
