万国漢字志

都市篇 · モロッコ

万国漢字志 都市篇 第十四号|サレ――中国外交部の二字「萨累」

サレはモロッコ北西部、ブー・レグレグ川の北岸で首都ラバトと向かい合う歴史都市である。

以前のnote記事を読む

二字の都市名が、公的資料にある

都市篇第十四号は、モロッコ北西部のサレです。

中国外交部の資料は、この都市を萨累と記しています。市長を指す記事にも、市郊を指す記事にも同じ二字が使われるため、地域名だけを偶然拾った用例ではありません。

一方、2025年の新華社系記事には、サレを塞拉とする直接用例があります。どちらも二字ですが、字形は一致しません。新旧の公的用例を隠さず比較する必要があります。

二文字・三文字を主流とする都市篇にとって、二字の既存形は有力です。ただし、中国語の公的表記が見つかったことと、日本語の歴史的漢字表記が見つかったことは同じではありません。

今回は原文の対象範囲と字体を確かめ、薩累として暫定制定します。


日本語では「サレ」

日本国外務省の「世界の学校」は、モロッコのフェズ、サレ、テマラを三つの都市として挙げ、取材先をモハメド・ベンアブダラ学園サレ校と記しています。

外務省の対モロッコ国別評価報告書にも、視察先の所在地としてサレ Saléが現れます。外務省の教育資料では、教育局管区の一つとしてサレが使われています。

複数の日本政府資料が都市名として同じカタカナ形を用いているため、本稿の現代日本語都市名はサレとします。

日本国外務省が示すモロッコの首都はラバトです。したがって、サレは首都ではありません。


中国語圏の二字形は一つではない

中国外交部が2006年に掲載した記事は、モロッコの要人の一人を萨累市市长と記しています。都市と市長の関係が文中で明示されているため、ここでの萨累はサレ市を直接指します。

同じく中国外交部が2008年に掲載した記事は、ムハンマド六世全国障害者センターの所在地を、首都近郊の萨累市郊としています。こちらも市街の周辺という地理的な文脈です。

中国領事服務網のモロッコ案内には、空港名として拉巴特-萨累机场があります。市、市郊、空港という異なる文脈で二字形を確認できます。

原文の萨は中国大陸の簡体字です。日本で通常用いる字体に直すと薩となるため、万国漢字志の採用欄には薩累と記します。史料の原文が萨累であることは、本文にそのまま保存します。

これに対し、新華社が2025年に掲載した『環球』誌の記事は、首都ラバトと川を挟んで向かい合う塞拉にムハンマド六世サッカー学院があると記しています。地理的説明が伴うため、別の同名地ではなく、サレ市を直接指す用例です。

萨累は中国外交部の複数記事で市・市郊に反復され、領事案内の空港名にも使われています。塞拉は新しい国営通信社系の直接用例です。今回は外交実務で反復される形を主候補としますが、表記が一つに統一されているとは扱いません。


日本語の歴史的漢字表記は未確認

今回行った国立国会図書館サーチ、アジア歴史資料センター、NDL Ngram Viewerでの限定的な検索では、モロッコのサレを指す日本語の歴史的漢字表記を確認できませんでした。

薩累を検索すると、繁体字へ変換された中国語圏の記事のほか、人名や一般語の文字列も混じります。都市がモロッコのSaléであること、日本語資料の本文で使われていること、資料の年代を確認できない一致は、日本語史料上の用例には数えません。

未確認は不存在の証明ではありません。サレ、サレー、Salé、Sale、Slaなどの綴り、旧字体、画像化された地図や旅行記には継続調査の余地があります。日本語の歴史的漢字表記は未確認とし、原典調査を続けます。


サレと、古代の「サラ」を混同しない

サレ周辺の歴史を調べると、古代都市Salaの名が現れます。しかし、現在のサレへそのまま重ねることはできません。

ユネスコ世界遺産の登録評価資料は、ChellahをSalaまたはChellamとも呼ばれた古代遺跡とし、ブー・レグレグ川の反対岸にあるサレとは位置を分けています。同資料は、マリーン朝期にサレが対岸の主要な経済・港湾・都市中心として最盛期を迎えたとも説明します。

したがって、古代のSalaという綴りが現代のSaléと似ていることだけを理由に、古代都市の漢字表記を現在のサレへ移しません。都市篇が採る薩累の直接根拠は、現代中国語のサレ市用例です。


ラバトと向かい合う都市

モロッコ内務省系のラバト=サレ=ケニトラ地方モノグラフは、ラバトとサレをブー・レグレグ川の両岸にある双子都市として扱っています。両都市を結ぶトラム、橋、トンネルを、河谷整備の主要事業として挙げています。

サレ市の公式史は、都市の創建を11世紀初頭のBanu Acharaに結び付け、地名についてはChellahの名を継承した可能性を示しています。ただし、これは特定の個人による命名を示す記録ではなく、市自身も語源を断定していません。

モロッコ国立観光局の公式案内は、サレを首都の姉妹都市でありながら固有の文化とアイデンティティを持つ都市と説明します。城壁に囲まれた旧市街、スーク、大モスク、マリーン朝の美術を伝えるマドラサを紹介しています。

同案内は、サレの海洋活動と「海賊共和国」と呼ばれる過去にも触れます。一方、ユネスコの評価資料は、17世紀の独立勢力をラバト側のカスバとサレを含むブー・レグレグ共和国として説明しています。後世の通称を、現在の行政市域だけの歴史に狭めない注意が必要です。

サレは首都圏の一部としてラバトと強く結び付く一方、川の北岸に独自の旧市街と都市史を持っています。


人口と位置

モロッコ高等計画委員会の2024年国勢調査は、2024年9月1日現在のCommune de Saléの法定人口を94万5,101人、世帯数を25万6,144世帯としています。内訳はモロッコ人93万8,475人、外国人6,626人です。

同じ表にはサレ県全体の法定人口108万9,554人もあります。しかし、県人口を都市人口として載せると、対象範囲がサレ市より広くなります。公式サイトには、自治体に当たるコミューン人口94万5,101人を採ります。

GeoNamesのSalé(ID 2537763)が示す都市座標は、北緯34.0531度、西経6.79846度です。県や空港の中心点ではなく、都市の地点を地図表示に使います。


二字形をどう評価するか

薩累

中国外交部の原文萨累を、日本で用いる字体に直した二字形です。市長と市郊に直接使われており、都市名としての対象範囲が明確です。

中国語の発音を踏まえると、字義を組み合わせた名称ではなく、音を写す二字形と考えられます。ただし、各字の選定過程を示す命名資料は未確認です。

塞拉

新華社系の記事が2025年にサレ市へ直接用いた二字形です。簡体字と繁体字で字形が変わらず、現在も使われる有力な比較候補です。

ただし、今回確認した直接用例は一記事です。中国外交部が複数年にわたり反復した萨累との関係や、機関ごとの表記方針は確認できません。新しいという理由だけで、外交部の反復用例を置き換えないことにします。

サラ、沙列、撒列など

欧文綴りや音だけからは別の漢字も作れます。しかし、今回確認した公的資料に、現代のサレ市をこれらの字で記す直接用例はありません。

古代のSala、現代日本語のサレ、中国語の萨累は、それぞれ資料上の範囲が異なります。綴りが近い候補を足し合わせて、架空の歴史表記を作らないことを優先します。


都市名と漢字表記の命名者

今回確認した資料から、Saléという都市名を特定の一人が造語したとは確定できませんでした。また、中国語の二字形萨累を最初に作った人物も確認できません。

都市の建設、統治、港湾活動に関わった人物と、地名または漢字表記の命名者は別です。資料の編纂機関を個人の命名者とみなすこともできません。地名と漢字表記の命名者は、いずれも未確定とします。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、二字の薩累を採ります。

根拠は、中国外交部の公的記事が、モロッコのサレを萨累市と直接記していることです。市長と市郊の二つの用例があり、空港名にも同じ二字が使われています。原資料の簡体字萨は、採用欄で日本の字体薩に直します。

ただし、薩累を日本語の歴史的都市名として用いた原典は未確認です。中国語圏の既存表記を現代日本語の都市索引へ新たに取り込むため、制定区分は創とします。この創は、二字の文字列そのものを本稿が新造したという意味ではありません。

採用状態は暫定です。日本語原典の用例、別の公的な二字・三字形、または漢字表記の選定過程を示す一次資料が見つかった場合は、制定区分と採用形を再検討します。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

サレ

所属国

モロッコ

中国外交部で確認した都市表記

萨累

新華社系記事で確認した都市表記

塞拉

暫定制定都市名

薩累――創

制定状態

暫定制定・日本語原典継続調査


採らなかった表記と未解決点

古代都市名のSalaは、ユネスコ資料ではChellahの古代名として扱われます。現在のサレと同じ対象だと断定できないため、現代都市の歴史表記には採りません。

塞拉は新華社系の直接用例があるため、誤りとして退けません。しかし、中国外交部の複数記事が反復する萨累と競合し、両者の選定基準や成立順序を確認できないため、今回は比較候補に残します。

音から作れるその他の二字形・三字形は、都市名としての直接用例を確認できませんでした。既存用例のない別案は新造しません。

未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、Saléという地名の語源と成立過程、萨累と塞拉の初出・使い分け・命名者です。ブー・レグレグ共和国の範囲と呼称も、時代と資料によってラバト側・サレ側の説明が揺れるため、現在の市域へ単純化しません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第十五号

次は、モハメディアです。

カサブランカとラバトの間にある大西洋岸の港湾・工業都市について、現在名と旧称フェダラ、中国語圏の漢字表記を調べます。