Samが二度現れる村
都市篇第五十八号は、セネガル南部の小集落、サム・サムです。
セネガル国家統計・人口経済分析庁(ANSD)の2023年国勢調査は、集落名をSAM SAMと記します。人口は97人。歴史研究に目を移すと、武装した移住者を近隣の村が警戒し、土地を認め、やがて交易や婚姻を通じて関係を結んでいく経緯が見えてきます。
名前には、Samという同じ綴りが二度現れます。この反復を二字・三字の索引名へどう残すか。既成の漢字名を確認できなかった今回は、村の記録をたどったうえで、音と反復を分けて表す三字案を考えます。
Sam SamとSam-Sam
現代の統計・地図と歴史資料には、Sam Sam、Sam-Samというラテン字の綴りが見られます。ANSDは大文字のSAM SAM、国土整備庁(ANAT)の公式地図はSam Samと記しています。
本稿では、空白で区切る形とハイフンでつなぐ形を、この地域の同じ村をたどるための表記として扱います。綴りの違いだけから改名の前後を決めることはできません。
日本語見出しには、前号の予告に続いてサム・サムを用います。これは本誌のカタカナ表記であり、日本語で広く定着した標準名だと主張するものではありません。また、綴りが反復していることは分かっても、Samの意味や、なぜ二度重ねたのかという語源は未確定です。
サマティットが土地を認めた背景
歴史学者ロバート・M・バウムは、1999年刊の『Shrines of the Slave Trade』第6章で、サム・サムを外来者が築いた村、stranger villageの一つとして扱っています。
創設したのは、ポルトガル領ギニアでAbdou N'diayeとともに戦ったトゥクロール人イスラーム教徒の集団でした。サマティット(Samatit)は、この武装集団との衝突を避け、Djougoutosによる襲撃に対抗する助力を得るために、土地を認めたと記されています。
当初、サマティットの人びとはサム・サムを恐れていました。その関係を変えていったものとして、バウムが挙げるのは交易です。サム・サムの商人たちは家畜、銃、ナイフを売り、両者の関係は友好や婚姻へと広がったとされます。
土地を認めた時点で互いの警戒が消えたわけではなく、物のやり取りと人の結びつきが重なっていった。この順序が、村の創設を一つの出来事だけで捉えない手掛かりになります。
創設者は集団として記録されており、構成員の個人名は確認できていません。Abdou N'diayeは彼らが従軍した人物です。彼を村の創設者や命名者と断定する根拠にはしません。
ティジャーニーヤと泉の伝承
バウムは、サム・サムをティジャーニーヤ教団の影響が強い村として記します。この点で、前号までに取り上げたルディア・ウォロフやエフィサオと同じまとまりに置いています。
同書には、Al Hadji Omar Talがサム・サムを訪れ、涸れない泉を作ったという伝承も紹介されています。ただし、バウム自身が、この伝承はおそらく事実ではないと判断しています。本稿でも訪問や泉の創出を史実として扱いません。伝承が記録されていることと、その内容が実際に起きたことは分けておきます。
ここまでの民族・宗教に関する記述は、歴史研究が扱う創設者集団と村の宗教生活についてのものです。現在の住民全員の民族や信仰を示す資料ではありません。
公式統計の人口97人
ANSDの2023年国勢調査では、SAM SAMは97人です。内訳は男性47人、女性50人で、21世帯、20コンセッションが記録されています。
行政区分は、ジガンショール州、ウスイ県、ルディア・ウォロフ郡、ムロンプ・コミューンです。97人という数は、その中のサム・サム一集落の値であり、郡やコミューン全体の人口ではありません。
世帯とコンセッションは別々の項目として数えられています。ここでは資料の区分を保ち、それぞれの数をそのまま示します。また、この人口行から現在の民族・宗教構成を推定することはできません。
地図に置かれたSam Sam
ANATの縮尺20万分の1地図の公式KMLは、Sam SamをVillage、すなわち村に分類しています。代表点は北緯12.51683430414627度、西経16.64432636468177度です。
都市一覧には、小数第六位へ丸めた北緯12.516834度、西経16.644326度を採ります。これは地図上の集落代表点であり、村域の境界や特定の建物を測量した位置ではありません。
サム・サムは国の首都ではありません。セネガルの首都はダカールです。都市篇で扱いますが、人口と位置を読む際にはムロンプ・コミューン内の小集落であることを保ちます。
日本語での用例
国立国会図書館サーチの調査では、Sam Sam、サム・サム、サムサムという検索語を手掛かりにしました。しかし、このセネガルの村を直接指す日本語の漢字表記は確認できていません。
「サムサム」には、マレー半島の人びとを扱った文献など、別の対象が検索結果に現れます。たとえば西井涼子「周縁における権力とエスニシティ――タイーマレーシア国境のサムサム」(1992年)は、題名からも対象地域が異なると分かります。同じカタカナが見つかっただけでは、セネガルの地名用例には数えられません。
歴史的な日本語漢字表記は、現時点では未確認とします。これは過去に一度も使われなかったという断定ではなく、この村を指す原典をまだ示せないという調査状況です。
中国語圏の表記との比較
中国語では、原綴りの音から萨姆萨姆/薩姆薩姆という字面を組むことができます。しかし、今回の調査では、この村への直接対応を示す信頼できる公的資料を確認できませんでした。
台湾政府の外国地名訳名データも調査先としていますが、セネガルのサム・サムを直接示す信頼できる公的用例は未確認です。原綴りから作れそうな漢字列と、対象地を指して実際に使われる地名を区別します。
以下の三案は、いずれも万国漢字志が比較のために組んだものです。日本語の歴史的表記や、中国語圏の公定訳名ではありません。
二字・三字案を比較する
薩夢薩夢
四文字です。薩をサ、夢をムに対応させ、薩夢を二度書きます。本誌のカタカナ名サム・サムに沿って、反復を音の並びとしてすべて残す案です。
名前が繰り返されることは最も見えやすくなります。一方で、都市篇が標準とする二字・三字の範囲を外れます。今回の索引名には採りませんが、音の対応を比較する基準として残します。
薩夢
二文字です。サ・ムという一単位を短く写せますが、もう一つのSamがなくなります。
単に文字数を減らすと、この名前の目立つ特徴である反復まで失われます。そのため、二字で収まる利点だけでは採用できません。
薩夢雙
三文字です。薩をサ、夢をムとしてSamの一単位を写し、雙で同じ単位が二度現れることを示します。
末尾の雙は、二つ目のSamの音を写す字ではありません。反復を示すために本誌が加える字です。音を一単位だけ残す二字案と、音を二度とも書く四字案の間で、三字の索引形にまとめます。
薩と夢の字義は、村の語源や住民の信仰、願いを表しません。雙も、二つの村や二人の創設者がいたことを意味しません。地名の綴りに見える反復だけを表すものです。
今回は、この薩夢雙を採ります。ただし、通常の日本語音読みを並べただけでサム・サムと読める形ではありません。カタカナ名と対応の説明を添えて用いる、本誌独自の圧縮索引形です。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の薩夢雙を採ります。制定区分は創です。
この村を直接指す既成の漢字名を引き継いだものではなく、音を写す二字と反復を示す一字を組み合わせた本誌の提案です。直接用例のある表記でも、完全音写でもありません。
村を築いた集団が分かることと、地名の由来が分かることは別です。Sam Samという名の語源と命名者は未確定であり、薩夢雙の字義から補うことはしません。
今後、日本語の原典、中国語の地名直接用例、現地語での発音や命名の記録が確認できた場合には、カタカナ名、制定形、区分を再検討します。
万国漢字志の暫定案
本稿で用いる都市名
サム・サム
所属国
セネガル
現代・歴史資料で確認した綴り
Sam Sam/Sam-Sam/SAM SAM
歴史的な日本語漢字表記
未確認
信頼できる中国語の地名直接用例
未確認
創設者
トゥクロール人イスラーム教徒の集団(個人名は未確認)
地名の語源・命名者
未確定
暫定制定都市名
薩夢雙――創
制定状態
暫定制定・日本語原典、中国語の地名直接用例、現地語発音、語源と命名記録を継続調査
採らなかった表記と未解決点
薩夢薩夢は反復する音をすべて残しますが四文字です。薩夢は二文字に収まる一方で、一単位しか残らず反復を失います。音から組める萨姆萨姆/薩姆薩姆も、この村を指す直接用例が確認できないため、既成表記としては採りません。
採用した薩夢雙にも、説明なしには読みが伝わりにくい弱点があります。三字という長さを満たす代わりに、二つ目のSamを音で書くことをやめ、反復を示す字に置き換えています。この省略を隠さず、暫定案として残します。
未解決点は、村の正確な創設時期、創設者集団の個人名、地名の語源と命名者、現在の民族・宗教構成、日本語と中国語でこの村を直接指す漢字表記です。泉の伝承を創設年代の手掛かりにしたり、現代の人口値から創設時の集団構成が続いていると判断したりはできません。
参考資料
- セネガル国家統計・人口経済分析庁「RGPH-5 2023 SAM SAM」
- セネガル国土整備庁「Ziguinchor ND-28-II」KML
- Robert M. Baum『Shrines of the Slave Trade: Diola Religion and Society in Precolonial Senegambia』、Oxford University Press、1999年、第6章。創設と近隣関係、宗教生活、泉の伝承に関する記述。
- 国立国会図書館サーチ「Sam Sam」
- 国立国会図書館サーチ「サム・サム」
- 国立国会図書館サーチ「サムサム」
- 台湾政府資料開放平臺「國家教育研究院―外國地名譯名」
- 外務省「セネガル共和国基礎データ」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第五十九号
次は、サンティアバ・ウォロフです。
バウムが同じ外来者の村々のまとまりで扱うSantiabaと、ANSDが記録するSANTHIABA OUOLOFFの関係を、同一性を決めつけずにたどります。
