Santiabaは同じ村か
都市篇第五十九号は、セネガル南部の集落、サンティアバ・ウォロフです。
セネガル国家統計・人口経済分析庁(ANSD)の2023年国勢調査は、集落名をSANTHIABA OUOLOFFと記します。国土整備庁(ANAT)の地図ではSantiaba Wolofです。
一方、ロバート・M・バウムの歴史研究と1896年の人口資料には、WolofやOuoloffを伴わないSantiabaが現れます。このSantiabaは現行のサンティアバ・ウォロフと位置関係がよく合いますが、両者を明示的に結ぶ行政上の対照表は、今回の調査では確認できていません。
同じ村である蓋然性は高い。しかし、まだ確定はできない。今回はこの留保を出発点に、現代の公式記録と、条件付きで参照できる歴史資料を分けてたどります。
SANTHIABA OUOLOFFとSantiaba Wolof
ANSDが用いるSANTHIABA OUOLOFFと、ANATが用いるSantiaba Wolofには、二つの綴りの違いがあります。
SantiabaとSanthiabaでは、後者にhが入ります。WolofとOuoloffは、同じ民族・言語名に使われる現代的な綴りと歴史的なフランス語綴りです。
二つの公的資料は、ともにジガンショール州ウスイ県、ルディア・ウォロフ郡、ムロンプ・コミューンの村を示しています。本稿ではこの現行集落の日本語名をサンティアバ・ウォロフとします。
これは日本語で広く定着した標準名を確認したという意味ではありません。公的資料の二要素を区別できるよう、Santiabaをサンティアバ、Wolofをウォロフとした本誌のカタカナ表記です。
BaumのSantiabaとの同一性
バウムの『Shrines of the Slave Trade』148頁は、十九世紀にエスラル地域へ築かれた九つのstranger village、すなわち外来者の村を扱います。続く149頁の地図には、SantiabaがSamatit、Sam Sam、Efissaoなどとともに置かれています。
この地図上の位置関係は、ANATがSantiaba Wolofを置く代表点と強く整合します。とくにSamatit、Sam Sam、Efissaoとの並びは、BaumのSantiabaが現在のSANTHIABA OUOLOFFである可能性を高めます。
ただし、地図上の整合は行政上の同定そのものではありません。歴史資料のSantiabaと現行資料のSantiaba Wolof/SANTHIABA OUOLOFFを一対一で結ぶ改称記録や対照表は未確認です。
そこで本稿では、BaumのSantiabaを現行村の有力候補として扱います。以下の歴史は、両者が同じ村である場合に当てはまる記録です。
条件付きで読む十九世紀の村
バウムは、Pointe Saint-Georgesを除く外来者の村々を、イスラーム教徒の交易者が築いた村として説明します。Santiabaもそのまとまりに含まれます。
ただし、同書はSantiabaの歴史を本文で詳述していません。注では、人口50のSantiabaはEfissao、Loudia-Ouloff、Sam Samと歴史がよく似るため、個別には論じないとしています。
この記述から、Santiabaを外来者の村の一つとして位置づけることはできます。しかし、三つの村で確認された出来事を、そのままSantiabaにも起きた事実として移すことはできません。創設者の個人名、創設年、土地を認めた相手、地名の命名者も未確認です。
注の「人口50」についても基準年は明示されていません。後に示す1896年の60人、2023年の220人と並べて増減を計算することはしません。
1896年資料のSantiaba 60人
フランス海外科学技術研究所(ORSTOM、現IRD)が再録した『Les premiers recensements au Sénégal』には、1896年のCasamance調査が収められています。
そのCanton d'Elenkineの一覧には、Samatite、Santiaba、Sam-Sam、Loudia Diolla、Loudia Ouoloffが並び、Santiabaは60人と記録されています。周辺村と同じ欄に置かれることは、Baumの地図との対応を考える手掛かりになります。
一方、この資料は十九世紀末の行政調査です。再録資料の解説も、初期の農村人口記録には概算や欠落があり、精度が一様ではないことを注意しています。
さらに、1896年のSantiabaを現行名SANTHIABA OUOLOFFへ直接対応させる記載はありません。この60人も、同一性を補強する歴史資料ではありますが、現行村の連続統計としては扱いません。
2023年国勢調査の220人
ANSDの2023年国勢調査では、SANTHIABA OUOLOFFの人口は220人です。内訳は男性118人、女性102人で、30世帯、30コンセッションが記録されています。
行政区分は、ジガンショール州、ウスイ県、ルディア・ウォロフ郡、ムロンプ・コミューンです。220人はこの中の一集落行に示された値であり、郡やコミューン全体の人口ではありません。
世帯とコンセッションは別の集計項目です。どちらも30ですが、同じ概念としてまとめず、資料の区分どおりに示します。また、この人口表から現在の民族や言語、宗教の構成を推定することはできません。
公式地図のSantiaba Wolof
ANATの縮尺20万分の1地図は、Santiaba WolofをVillage、すなわち村に分類しています。代表点は北緯12.5198711014度、西経16.6370033909度です。
都市一覧には、小数第六位へ丸めた北緯12.519871度、西経16.637003度を採ります。これは地図上の集落代表点であり、村域の境界や特定の建物を測量した位置ではありません。
サンティアバ・ウォロフは国の首都ではありません。セネガルの首都はダカールです。本誌では都市篇に収めますが、人口と座標はいずれもムロンプ・コミューン内の一集落を示します。
日本語での直接用例は未確認
国立国会図書館サーチで、Santiaba Wolof、Santhiaba Ouoloff、サンティアバ・ウォロフ、サンティアバを検索しました。今回の検索では、この村を直接指す日本語の用例を確認できませんでした。
検索結果が0件であることは、日本語用例が過去にも現在にも存在しないという証明ではありません。利用した検索語と検索範囲では、対象を特定できる直接用例を示せなかった、という調査記録です。
したがって、歴史的な日本語漢字表記は現時点で未確認とします。本稿のカタカナ名も、既成の日本語標準名を採録したものではありません。
中国語圏の表記と語源の切り分け
台湾政府の外国地名訳名データでは、Santiaba WolofとSanthiaba Ouoloffに直接対応する地名表記を確認できませんでした。
民族・言語名Wolofには、漢字で沃洛夫とする用例があります。しかし、これはサンティアバ・ウォロフという村の既成中国語名ではありません。沃の一字を候補へ使う場合も、村名直接用例の採用ではなく、ウォという音を短く示すための比較材料に限ります。
別のIRD公開研究は、セネガルの複数都市にある区名Santhiabaを、ウォロフ語で新しい居住区域を表す語として説明しています。これは都市内の別地名に関する用例であり、本村固有の語源を確定する資料ではありません。
サンティアバ・ウォロフのSantiabaも同じ意味だと推定する余地はありますが、現段階では推論にとどまります。本稿の漢字案にも「新しい町」という意味は組み込みません。
三字案を比較する
珊提沃
三文字です。珊をサン、提をティ、沃をウォに対応させます。Santiabaからサン・ティ、Wolofからウォを取り、二つの名称要素を一つの索引形に残します。
アバとロフは省きます。通常の日本語音読みを並べるだけでサンティウォと自然に読める形でもありません。カタカナ名と説明を添えて使う、本誌独自の圧縮音写です。
珊の珊瑚、提の持ち上げる、沃の肥沃という字義は、村の語源や歴史を表しません。三字とも音の手掛かりとして扱います。
珊蒂沃
三文字で、サン・ティ・ウォを同じように残します。蒂は中国語の音写字に見えやすい一方、この村を直接指す珊蒂沃の用例は確認できません。
既成の中国語名と誤認される余地を小さくし、日本語の字面として提を選ぶため、採りません。
珊提亜
三文字で、Santiaba側のサン・ティ・アを多く残せます。しかし、Wolofを落とすため、村名の二つ目の要素が索引形から消えます。
Santiabaだけを記す歴史資料との区別を保つ点でも弱いため、採りません。
珊沃
二文字で、SantiabaのサンとWolofのウォを残します。二つの要素を最短で示せますが、音を圧縮しすぎ、原名をたどる手掛かりが少なくなります。
今回は、三字の中でSantiabaとWolofの両方を残す珊提沃を選びます。省略と読みの弱点を明記したうえで、暫定案とします。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、三字の珊提沃を採ります。制定区分は創です。
日本語の歴史的漢字表記を復元したものでも、中国語圏の既成都市名を取り込んだものでもありません。サンティアバ・ウォロフという本稿のカタカナ名から、万国漢字志が両方の名称要素を三字へ縮約した提案です。
制定名を特定個人の命名とはしません。村の創設者、SantiabaまたはSanthiaba Ouoloffという地名の命名者、珊提沃という漢字表記の命名者として、個人名を記録する根拠はありません。
今後、歴史資料と現行村を直接結ぶ行政記録、日本語・中国語の直接用例、現地での発音、村名固有の語源が確認できた場合には、カタカナ名、制定形、区分を再検討します。
万国漢字志の暫定案
本稿で用いる都市名
サンティアバ・ウォロフ
所属国
セネガル
現代資料で確認した綴り
SANTHIABA OUOLOFF/Santiaba Wolof
同一性を留保する歴史資料上の綴り
Santiaba
歴史的な日本語漢字表記
未確認
信頼できる中国語の地名直接用例
未確認
創設者・地名の命名者
未確定
暫定制定都市名
珊提沃――創
制定状態
暫定制定・村の同一性、日本語原典、中国語の地名直接用例、現地語発音、語源と命名記録を継続調査
採らなかった表記と未解決点
珊蒂沃は中国語の音写形に見えやすい一方、村を指す直接用例がありません。珊提亜はSantiaba側の音を多く残しますがWolofを落とし、珊沃は二字に収まる代わりに圧縮しすぎます。
採用した珊提沃も、アバとロフを省き、説明なしには原名との対応が伝わりにくい形です。三字の字義は、村の語源、自然環境、住民像を示すものではありません。
最大の未解決点は、Baumと1896年資料のSantiabaが、現在のSANTHIABA OUOLOFFと同じ村かどうかです。周辺村との位置関係から有力候補ですが、明示的な行政対照表は未確認です。
Baum注の人口50は基準年が分かりません。1896年の60人は概算や欠落を含みうる初期調査の一値です。どちらも2023年の220人と増減比較できません。
ほかに、村の創設年と創設者、地名の命名者、Santiabaの村固有の語源、日本語と中国語の直接用例、現在の民族・言語・宗教構成が未確定です。
参考資料
- セネガル国家統計・人口経済分析庁「RGPH-5 2023 SANTHIABA OUOLOFF」
- セネガル国土整備庁「Ziguinchor ND-28-II」KML
- Robert M. Baum『Shrines of the Slave Trade: Diola Religion and Society in Precolonial Senegambia』、Oxford University Press、1999年、148頁および149頁地図。
- Robert M. Baum『Shrines of the Slave Trade』公開OCR
- C. Beckerほか『Les premiers recensements au Sénégal et l'évolution démographique』、ORSTOM、1983年。1896年Casamance調査を再録。
- 『Les investissements immobiliers à Dakar des émigrants sénégalais』、Santhiabaという別地名の意味を比較する資料。
- 国立国会図書館サーチ「Santiaba Wolof」
- 台湾政府資料開放平臺「國家教育研究院―外國地名譯名」
- 中国商務部「セネガル概況」
- 外務省「セネガル共和国基礎データ」
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第六十号
次は、ジロマイトです。
ANSDの現行表記DJIROMAITと、バウムが記すDjeromaitの綴りと歴史をたどります。
