音を重ねる二字
都市篇第二十三号は、モロッコ南部の都市タンタンです。
国連の中国語文書は、この地名を二字の坦坦と記しています。二つの同じ音節に二つの同じ漢字を当てた、短く明瞭な形です。
都市篇では二字・三字を主流とします。今回は、都市に直接対応する二字形がすでに確認できるため、縮約や新たな字の選定は必要ありません。
暫定制定都市名には、資料にある形をそのまま保った坦坦を採ります。
日本語では「タンタン」
JICA海外協力隊の公式ブログは、モロッコ南部を巡る記事でタンタンを町として紹介しています。在モロッコ日本国大使館の政治月報にも、モロッコ南部の地名としてタンタンが現れます。
このカタカナ形は、同じ綴りの二音節を中黒で分けずに続ける書き方です。本稿でも現在の日本語都市名をタンタンとします。
今回確認できた日本語資料の範囲では、タンタンを指す歴史的な漢字表記は未確認です。ただし、これは表記が存在しなかったことを意味しません。近代の地理書、新聞、地図、旅行記などには、なお調査の余地があります。
モロッコの首都はラバトです。タンタンはタンタン州の中心都市ですが、国の首都ではありません。海岸のエル・ウアティアはタンタン港、タンタン・プラージュとも呼ばれる別の自治体であり、本稿の人口と座標には内陸側のタンタン市だけを採ります。
国連と新華社にある「坦坦」
国連デジタルライブラリーが公開する2021年の中国語文書は、ある人物について「他的家乡坦坦」と記し、別の箇所では坦坦警方、坦坦的一条公路と記しています。出生地、警察、道路という都市生活に結びつく文脈がそろうため、本稿のTan-Tan市を指す直接用例と判断できます。
さらに1980年の国連中国語文書には、モロッコ王国議会の議員を示す肩書として坦坦众议员が現れます。新しい一文書だけの偶発的な表記ではなく、少なくとも約40年を隔てた国連文書に同じ二字形があります。
中国の国営通信社である新華社も、2026年の記事で摩洛哥坦坦市附近と記しています。「モロッコのタンタン市付近」と国名と市を明示する、現在の直接用例です。
Unicode CLDRのCJK地域区分名一覧も、Tan-Tan Provinceに対応する中国語名を坦坦省としています。これは州名の用例であり、都市そのものの証拠ではありません。都市への直接対応は国連文書に置き、CLDRは同じ地名由来の行政区画でも表記が一致することを示す補助資料として扱います。
坦坦は簡体字と繁体字、日本で一般に用いる字体が同じです。字体変換を加えず、そのまま日本語側へ取り込めます。
「坦」の意味から地名を説明しない
漢字の坦には、平らであることや穏やかであることを表す字義があります。しかし、中国語資料の坦坦はTan-Tanの音を写した地名表記です。
都市周辺の地形が平坦に見えることを理由にこの字が選ばれたのか、最初の選字者がどの意味を意識したのかは確認できません。字面の印象から地名の由来を逆算することは避けます。
二字が同じであることは、原名の二音節が反復する形に対応します。ここで確実に言えるのは、音節の繰り返しと漢字の繰り返しが対応していることまでです。
「創」が意味するもの
坦坦という文字列そのものは、万国漢字志の造語ではありません。国連文書とUnicode CLDRに先行用例があります。
それでも制定区分を創とするのは、日本語史料に定着した既存漢字形を継承するのではなく、中国語圏の既存形を現代日本語の都市索引へ暫定的に取り込むためです。
本稿の創は、「世界で初めて二字を作った」という意味ではありません。異なる言語圏の既存形を根拠に、日本語側で新たに採用する区分です。
1940年に形成された都市
ゲルミム=ウエド・ノウン地方評議会の公式サイトは、タンタン市がスペイン植民地期の1940年に設けられたと説明しています。
同評議会の叙述では、1958年2月の軍事作戦後に移住を余儀なくされた人々がタンタンへ定住し始め、同年、モロッコ政府が都市に自由区を設けました。1975年以後は南部へ向かう物流拠点として役割を強め、1978年には大西洋岸のエル・ウアティアに港が開かれました。
この説明には領域史をめぐるモロッコ側の公的叙述が含まれます。本稿では都市形成の年代と地方行政の説明として引用し、係争地域の政治的評価まで確定する根拠とはしません。
現在のタンタンは、内陸側の行政・居住地と、海岸側の港湾都市エル・ウアティアを結ぶ地域の中心です。都市名を調べるときも、二つの自治体を一つの人口として数えない区別が必要です。
井戸の音という口承
モロッコ紙『Al Bayane』が紹介する地域の口承では、Tan-Tanという名はTantinに由来し、ワジ・イブン・ハリルにあった井戸の底を水が流れる音を表すとされます。その井戸は、サハラを横断する隊商が水を補給し休息する場所だったとも伝えられています。
同じ記事は別の口承として、Tnitinaという語が地域の表現で甘い水を持つ井戸を意味するという説明も挙げています。
いずれも、語源学的な一次資料で確定した説明ではなく、地域に伝わる複数の物語です。本稿は「音の名」と「水の名」という二つの口承を記録しますが、どちらか一方を唯一の語源とはしません。
坦坦の選字者がこの井戸の音を知っていたという資料もありません。原名の由来と中国語漢字の選定史は、別々の問題として扱います。
遊牧民が集うムーセム
UNESCOは、タンタンのムーセムを人類の無形文化遺産の代表一覧に記載しています。2005年に傑作として宣言され、2008年に代表一覧へ移されました。
UNESCOの説明では、これはモロッコ南部と北西アフリカ各地から30を超える部族が集う、サハラの遊牧民の年次集会です。家畜や物資の交換、ラクダと馬の競技、婚礼、詩や音楽などが一つの場に集まります。
現在につながる最初のムーセムは1963年に開かれました。1979年から2004年までは地域の治安上の事情で開催できず、その後再開されています。都市の成立は20世紀ですが、そこへ集まる移動、交易、口承文化は、都市の境界より広いサハラ社会の歴史を伝えています。
命名者は確認できない
タンタン市が1940年に形成されたという行政史は確認できます。しかし、Tan-Tanという地名を最初に造語した人物は確認できません。
井戸や水音に結びつく口承は、名称を特定の一人の発案へ帰していません。都市を設置した当局や、ムーセムに関係した人物を、そのまま都市名の命名者として登録することもできません。
坦坦の二字を最初に選んだ人物も確認できません。国連やUnicodeを個人の命名者とみなすこともできません。都市名と漢字表記の命名者は、いずれも未確定とします。
人口と位置
モロッコ高等計画委員会が公表した2024年国勢調査の全国法定人口表では、Commune de Tan-Tanの人口は7万6,134人です。
内訳はモロッコ人7万6,112人、外国人22人で、世帯数は1万8,797世帯です。同じ表のタンタン州全体は9万4,519人であり、都市一覧には州人口ではなく自治体人口を採ります。法定人口の基準日は2024年9月1日です。
GeoNamesのTan-Tan(ID 2530241)が示す都市地点は、北緯28.437987度、西経11.103212度です。州の中心座標や海岸のエル・ウアティアではなく、この都市地点を公式サイトの地図表示に使います。
二つの表記を分ける
坦坦
国連中国語文書がTan-Tanへ直接使う二字形です。
都市との対応が確認でき、字体変換も不要なため、暫定制定都市名に採ります。
タンタン
JICAと在モロッコ日本国大使館の日本語資料に見られるカタカナ形です。
都市の現在名として保持し、漢字形と置き換えません。
万国漢字志への取り込み
暫定制定都市名には、二字の坦坦を採ります。
根拠は、国連中国語文書がタンタンの出身者、警察、道路、議員という文脈で坦坦を直接使い、新華社が摩洛哥坦坦市と記していることです。Unicode CLDRも同じ地名由来の州名を坦坦省としています。
資料にある二字を削らず、増やさず、字体も変えません。日本語の歴史的漢字表記、二つの口承を評価できる言語学的資料、漢字を選んだ人物が判明した場合は再検討します。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
タンタン
所属国
モロッコ
国連文書で確認した中国語形
坦坦
暫定制定都市名
坦坦――創
制定状態
暫定制定・日本語原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
今回は、二字の直接用例があるため、別の漢字を組み合わせた音写案や一字への縮約は作りません。
未解決点は、日本語史料における歴史的漢字表記、名称に関する二つの口承の言語学的検証、Tan-Tanという名の最初の使用者、坦坦の漢字を選んだ人物です。近代中国語訳名表の画像調査にも継続の余地があります。
タンタン市、タンタン州、エル・ウアティア、タンタン港は資料によって近接して現れます。公式サイトの索引と人口はタンタン市に限定し、州や港の数値を混在させません。
参考資料
- JICA海外協力隊の世界日記「モロッコの歩き方 N°03 エッサウィラ・アガディール」
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ政治月報(2016年2月)」
- 国連デジタルライブラリー「A/HRC/WGAD/2021/46」中国語版
- 国連デジタルライブラリー「A/C.4/35/5/Add.1」中国語版
- 新華社「美国政府协助摩洛哥搜寻二战坠毁美军飞机遗骸」
- Unicode CLDR「CJK Subdivision Names」
- ゲルミム=ウエド・ノウン地方評議会「Historical overview」
- Al Bayane「Le Maroc des régions : Laâyoune」
- UNESCO「Moussem of Tan-Tan」
- モロッコ高等計画委員会『Population légale du Royaume du Maroc selon les résultats du RGPH 2024』
- GeoNames「Tan-Tan」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- 国立国会図書館サーチ
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第二十四号
次は、タルファヤです。
タンタンから大西洋岸を南へ進み、サン=テグジュペリの滞在地としても知られる港町の歴史と、漢字表記の直接用例を調べます。
