三字「得土安」は日本語史料か
都市篇第九号は、モロッコ北部のテトゥアンです。
在モロッコ日本国大使館は、世界遺産を「テトゥアン旧市街(旧名ティタウィン)」と記し、モロッコとアンダルシアを結ぶ歴史や、アンダルシアから移住した人々による再建を紹介しています。ユネスコも、旧市街にアンダルシアの影響が明瞭に残ることを登録理由の一つとしています。
中国語圏の公的資料には、三字の得土安と締頭萬が現れます。しかし、中国語の現在表記が確認できることと、日本語の歴史的な漢字表記であることは別です。本稿では、現在の日本語、中国大陸、台湾、万国漢字志による採用を分けて確認します。
現代日本語では「テトゥアン」
在モロッコ日本国大使館はテトゥアンを用い、国際協力機構の募集情報にも「テトゥアン県テトゥアン市」とあります。現在の日本語都市名として、本稿はテトゥアンを採ります。
大使館が併記するティタウィンは、同ページで「旧名」と明記された形です。本稿では、資料に記された旧名として扱います。一方、その語がどの言語のどの要素から成り、何を意味するかについては、確認済み資料から断定しません。
日本国外務省「モロッコ王国基礎データ」が示す現在の首都はラバトです。したがって、テトゥアンはモロッコの現在の首都ではありません。
今回行った国立国会図書館サーチ、アジア歴史資料センター、NDL Ngram Viewerでの限定的な検索では、テトゥアンに対する日本語の漢字表記を確認できませんでした。これは不存在の証明ではありません。検索語や収録範囲に限界があり、旧字体・異体字・表記揺れは検索から漏れ得ます。また、画像化された古資料ではOCRが文字を認識せず、用例が索引に現れない可能性もあります。
このため、歴史表記欄は空とします。
中国大陸では「得土安」
中華人民共和国外交部は、モロッコで行われた交流を伝える記事で得土安および得土安市を用いています。ここで直接確認できるのは、現行の中国語公的資料における三字形です。
この用例は、得土安が資料のない創作文字列ではなく、現在使われている中国語都市名であることを示します。ただし、日本語史料で使われたことを示す証拠にはなりません。
台湾では「得土安」と「締頭萬」
台湾文化部文化資産局の世界遺産紹介ページは、所在地に得土安を用い、ページの表題を「締頭萬伊斯蘭古城」としています。一つの台湾政府系ページで、所在地の表記と遺産名の表記が異なります。
したがって、台湾で確認できる形を一つにまとめず、所在地に現れる得土安と、遺産名に現れる締頭萬を分けて記録します。後者から都市名に当たる三字を取り出した形が締頭萬です。本稿では、それ以上の語源や成立事情を推定しません。
万国漢字志への取り込み
得土安は、中国大陸の外交部資料と台湾の文化部文化資産局資料で直接確認できる、現行中国語の三字表記です。万国漢字志が三字そのものを新造したわけではありません。
しかし、今回確認した範囲では、得土安を日本語の歴史的な漢字表記とする用例は未確認です。未確認は不存在を意味しませんが、現時点で史に分類する根拠はありません。
そこで、現行中国語の表記を日本語の都市索引へ新たに取り込むという採用の性格を示すため、制定区分を創とします。採用状態は暫定であり、日本語原典の調査を継続します。
アンダルシアとの結びつきと旧市街
ユネスコ世界遺産センターは、テトゥアンが8世紀以降、モロッコとアンダルシアを結ぶ重要な接点だったと説明しています。また、レコンキスタ後に再建された旧市街には、アンダルシアの影響がよく残ると評価しています。
在モロッコ日本国大使館も、テトゥアンとアンダルシアとの結びつき、スペインを追われた難民による再建、旧市街の建築や芸術に見られる影響を日本語で紹介しています。冒頭の都市紹介は、これらの資料で確認できる範囲にとどめています。
築城・再建と命名を分ける
ICOMOSの登録推薦評価書は、テトゥアンの起源を不明としつつ、10世紀から12世紀のアラブ側文献に言及があることを記しています。さらに、スルタンのアブー・ユースフ・ヤアクーブ・アル=マリーニー(Abu Yusuf Yaqub al-Marini)が1286年に要塞を築いたこと、その後の破壊を経て、15世紀末にムハンマド・アッ=シャイフ・アル=ワッターシー(Mohammed ach-Cheikh el-Wattassi)のもとでアンダルシアからの避難民が都市を再建したことを述べています。都市形成には、アブー・アル=ハサン・アリー・アル=マンドリー(Abu al-Hassan Ali al-Mandri)も結び付けられています。
これらの人物について確認できるのは、築城、再建、都市形成への関与です。テトゥアン/ティタウィンという名称や、漢字形の得土安/締頭萬を誰が作ったかを示す資料ではありません。著名な築城者や再建者を、都市名または漢字表記の命名者とは認定しません。
人口と行政範囲
GeoNamesのID 2528910 が示す都市座標は、北緯35.57845度、西経5.36837度です。
モロッコ高等計画委員会が公表した2024年国勢調査の法定人口では、基準日である2024年9月1日現在、テトゥアン・コミューンの人口は42万2757人です。都市一覧には、自治体に当たるコミューンの値を採用しています。
同じ資料で、テトゥアン県の人口は61万1928人です。コミューンと県は行政範囲が異なるため、県の数値をテトゥアン市の人口として扱いません。
三字形の比較と二字形を作らない理由
得土安
三文字です。中国大陸の外交部資料では都市名および市名として、台湾の文化部文化資産局資料では所在地として確認できます。中国語圏の複数の公的資料で現在用例を追跡できるため、万国漢字志の暫定制定都市名に採ります。
締頭萬
三文字です。台湾の文化部文化資産局資料に、世界遺産を表す「締頭萬伊斯蘭古城」の一部として現れます。同じページの所在地は得土安であり、両者の使われ方は同一ではありません。直接用例のある別形として残しますが、複数地域の公的資料で確認できる得土安を優先します。
二字形は設けない
今回確認した資料の範囲では、テトゥアンを表す二字形の直接用例は未確認です。未確認は不存在を意味しませんが、三字形を切り詰めたり、音や意味から新たな二字形を作ったりはしません。
万国漢字志の暫定案
現代日本語都市名
テトゥアン
所属国
モロッコ
中国大陸表記
得土安
台湾で確認した表記
得土安/締頭萬
暫定制定都市名
得土安――創
制定状態
暫定制定・原典継続調査
採らなかった表記と未解決点
締頭萬は、台湾の世界遺産紹介ページで直接確認できる三字形です。ただし、同じページは所在地に得土安を用い、中国大陸の外交部資料も得土安を用いています。本稿では得土安を採り、締頭萬は台湾で確認できる別形として記録します。
二字形は、直接用例を確認できないため作りません。ティタウィンは日本国大使館が記す旧名ですが、その語義は断定しません。
未解決点は、日本語資料における歴史的な漢字表記、中国語三字形の初出と成立事情、都市名自体の命名者です。今回の限定検索で用例が見つからなかったことは、OCR、索引、収録資料、検索語の限界を含むため、不存在の証明にはなりません。
参考資料
- 在モロッコ日本国大使館「モロッコ情勢:観光」
- 国際協力機構「要望調査票|【一般案件】|JICA海外協力隊」
- 外務省「モロッコ王国基礎データ」
- GeoNames「Tetouan」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・地域別、県別、市町村別法定人口」
- モロッコ高等計画委員会「2024年国勢調査・市町村別人口」
- ユネスコ世界遺産センター「Medina of Tétouan (formerly known as Titawin)」
- ICOMOS「Medina of Tétouan」登録推薦評価書
- ICOMOS「Médina de Tétouan」登録推薦評価書
- 中華人民共和国外交部「驻摩洛哥大使李昌林出席“诗意中国·锦绣天府”美术展开幕式」
- 台湾文化部文化資産局「締頭萬伊斯蘭古城」
- 国立国会図書館サーチ
- アジア歴史資料センター
- NDL Ngram Viewer「得土安」検索
編纂綱領と公式サイト
本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。
都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。
次回予告|都市篇 第十号
次は、シャウエンです。
日本語と中国語圏の用例、歴史資料を分けて確認し、漢字形をあらかじめ定めずに調査します。
