万国漢字志

都市篇 · オーストリア

万国漢字志 都市篇 第二百八十三号|ウィーン――「維也納」を、読んだ資料からたどる――

斎藤茂吉「接吻」の電子転記本文に見える維也納と、現代中国語の形を比較。紙面原典の未確認を残し、日本語で確認できる三字を暫定案とする。


街を歩く文章に残る三字

斎藤茂吉の「接吻」を青空文庫で開くと、冒頭に維也納という三字が出てきます。続くのはドナウ運河近くの街路の説明です。後半には、街の背後に広がる維也納森林帯も登場します。都市の名は、地名一覧の項目だけでなく、歩いた道を語る文章の中にも残っています。

ただし、いま読んでいるのは電子転記本文です。初出誌や初版本の紙面を見たことと同じにはできません。本稿は確認した資料の範囲を示したうえで、この三字をウィーンの暫定案に採ります。


歴史表記

青空文庫の「接吻」には、維也納の用例が複数あります。冒頭の街路から、後半のKobenzl、維也納森林帯、市街を見下ろす場面へと続く文脈を確認しました。単に同じ漢字が人名などに現れた例ではありません。

図書カードが示す底本は、筑摩書房『現代日本文學大系 38 齋藤茂吉集』。初版は1969年11月29日、入力に用いた本は2000年1月30日の第16刷です。本文に現れる1922年や1923年は、語られる出来事の日付です。それを作品の初出年や、この漢字形の成立年として使いません。

初出誌・初版本の紙面は現時点では原典未確認です。 本稿で確かめたのは、底本情報を伴う電子転記の用例です。したがって歴史原典の確認を根拠とする「史」や、日本語で広く定着したとする「伝」は付けず、確認できる日本語用例として扱います。茂吉を漢字表記の命名者とする根拠もありません。


日本語での用例

日本国外務省の「オーストリア基礎データ」は、一般事情の「3 首都」にウィーンと記しています。現代日本語都市名と添える読みは、このカタカナ用例に従います。同ページの人口概数は、本稿の市域人口の数値とは分けて扱います。

「接吻」の維也納には、その三字全体に対応する読みのルビはありません。日本語の本文に漢字形があることと、通常の漢字の読みを組み合わせればウィーンになることは別です。本稿でも、漢字だけから読める表記とはしません。


中国語圏その他の表記との比較

中国外交部の「双边关系」では、会談の場所を述べる箇所などに维也纳が現れます。現代中国語の簡体字による使用例です。

オーストリア連邦経済会議所の海外貿易部門ADVANTAGE AUSTRIAが台湾向けに掲載する「地理」には、首都として維也納が載っています。維・也・納の三字は、青空文庫の日本語転記本文と同じ形です。ただし同じ字面であっても、両言語での読み方まで同じにはなりません。

本稿は、中国語形を日本の字体へ直した結果として維也納を新しく作ったのではありません。日本語の転記本文でも、この形の使用を確認しています。その無変更の用例を採るため、暫定案の区分は「既」とします。日本語形と中国語形の伝播方向や初出は、今回の資料だけでは決められません。


二文字・三文字案の比較

維納

中間の也を省く二字の比較案です。三字より短くなりますが、今回保存した日本語・中国語の一次資料には、この二字形の都市名用例を確認できませんでした。ほかの資料にも存在しない、と結論するものではありません。

也を落とせばウィーンと読みやすくなるわけでもありません。用例を確認した三字から、字数のために一字を除く根拠が不足します。

維恩

ウィーンの音に近づけようとする二字の比較案です。維をイ、恩をオンと読んでも、そのままウィーンにはなりません。今回の資料では日本語の都市名用例を確認しておらず、既存形としては採りません。

維也納

日本語の転記本文と、台湾向け中国語ページで、ともに確認できる三字です。本誌の二字・三字という標準にも収まり、保存した用例を省略せずに示せます。

ただし通常の日本語の音読みを順につないでも、ウィーンという読みは導けません。ウィーンは現代日本語の用例に基づいて添える読みです。中国語音の発音検証や、ドイツ語音声からの独自の転写を行ったわけではありません。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ウィーン

所属国

オーストリア

暫定制定都市名

維也納――既

制定状態

暫定制定・原典継続調査

日本語の電子転記本文で確認した三字を、そのまま採ります。初出紙面の確認や広い定着の立証とは区別した暫定判断です。

人口はSTATISTIK AUSTRIAの年次自治体表による2026年1月1日現在2,040,914人。対象はウィーンの市域全体です。周辺自治体を含む都市圏を足さず、市内の区をそれぞれ別都市として重ねて数えることもしません。

主たる住所の住民登録に基づき、基準日前後で90日を超えて継続登録された人を対象とする人口です。人口・自治体範囲の基準日はともに2026年1月1日、表の作成表示は2026年6月29日です。市を示す自治体コードは90001(Wien)。


採らなかった表記と未解決点

維納と維恩は、今回の資料で使用を確認できた維也納より優先する根拠が得られなかったため採りません。短さと、漢字から読めることは同じではありません。

継続する課題は、「接吻」の初出と紙面原典、維也納・維納それぞれの早い用例、表記の伝播経路です。電子転記の確認を紙面閲覧へ置き換えず、確認が進んだ時点で区分を再検討します。都市を表す歴史的な名の範囲が、現在の統計上の市域と常に一致したという主張もしません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。 都市一覧は 万国漢字志 公式サイト で公開します。


次回予告|都市篇 第二百八十四号

次はグラーツ。日本語の都市名と中国語の格拉茲を比べ、三字の当て字を考えます。