万国漢字志

都市篇 · コートジボワール

万国漢字志 都市篇 第六十九号|ヤムスクロ――四字「雅穆索戈」と女王の名

ヤムスクロはコートジボワールの法定首都で、実質的首都機能はアビジャンにある。2021年国勢調査のヤムスクロ県都市人口(普通世帯)は278,874人。

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四字「雅穆索戈」と王妃の名

都市篇第六十九号は、コートジボワールの法定首都ヤムスクロです。

日本国外務省は首都をヤムスクロとしながら、実質的な首都機能はアビジャンにあると説明しています。法定上の首都と、政府機関や外交機関が集まる都市を分けて見る必要があります。

漢字表記には、台湾外交部が都市へ直接用いる四字の雅穆索戈を暫定採用します。中国大陸と国連の中国語名は亚穆苏克罗で、香港立法会と台湾客家委員会の資料には亞穆蘇克羅があります。雅穆索戈は、それらを繁体字へ機械的に置き換えた形ではない、別の音写です。

都市名は、かつてN'Gokroと呼ばれた村を治めたヤムソ女王にちなみます。しかし、献名先が分かることと、都市名を選んだ人物が分かることは同じではありません。


日本語では「ヤムスクロ」

日本国外務省は、コートジボワールの首都をヤムスクロ(Yamoussoukro)と記します。国立国会図書館サーチと国立国会図書館デジタルコレクションで確認できる現代日本語資料も、カタカナのヤムスクロを用いています。

一方、自治体国際化協会の資料にはヤムスークロという表記があります。母音を長く記す異表記であり、本稿では外務省と前号の次回予告に合わせてヤムスクロを主表記とします。ヤムスークロを誤記として退ける判断ではありません。

国立国会図書館の書誌・デジタル資料では、ヤムスクロ、ヤムスークロ、Yamoussoukro、雅穆索戈、亚穆苏克罗、亞穆蘇克羅などを照合しました。しかし、範囲を区切った今回の確認では、この都市へ直接使われた歴史的な日本語漢字表記を特定できませんでした。

検索で見つからないことは、不存在の証明ではありません。画像だけの地図、本文検索できない資料、別の綴りや音写には未確認の用例が残る可能性があります。このため、歴史表記は登録せず、継続調査とします。


台湾外交部の「雅穆索戈」

中華民国外交部のコートジボワール国情報は、首都を雅穆索戈(Yamoussoukro)と記します。同じ文で、中央政府機関、国会、外交機関の多くが経済首都の阿比尚に残ることも説明しています。

雅穆索戈は四字の音写で、都市を直接指す台湾政府の現行用例です。日本側で字体を置き換える必要がなく、対象都市も明確です。本稿は、この四字を確認できる既存表記として保存します。

ただし、台湾の公的用例があることは、日本語の歴史的漢字表記であることを意味しません。誰が雅穆索戈の四字を最初に選んだのかも、今回の資料では確認できませんでした。


「亚穆苏克罗」と「亞穆蘇克羅」

国連地名専門家グループの都市データは、中国語欄に「政治首都:亚穆苏克罗 経済首都:阿比让」と登録しています。中華人民共和国外交部も、政治首都を亚穆苏克罗と記します。

繁体字の亞穆蘇克羅には、香港立法会の公文書と台湾客家委員会の資料で都市への直接用例があります。字ごとには亚穆苏克罗の簡体字と対応しますが、亞穆蘇克羅は本稿が機械変換によって作った文字列ではありません。繁体字圏の公的資料で実際に使われた別の既存形です。

一方、台湾外交部の雅穆索戈は、雅・穆・索・戈の四字を使います。雅穆索戈と亞穆蘇克羅は、同じ都市を指す二つの繁体字形であり、字体だけの違いではありません。

本稿は、台湾外交部が現在の国情報で首都へ直接用いる雅穆索戈を制定形に採ります。亞穆蘇克羅を誤記として退けるのではなく、香港と台湾の別資料で確認できる併存形として記録します。


二字・三字を作らない

都市篇では二字・三字を主流としますが、文字数だけを理由に、資料にない短縮形は作りません。

雅穆索戈、亚穆苏克罗、亞穆蘇克羅には、それぞれ都市を指す直接用例があります。しかし、そこからどの字を残し、どの音を省くべきかを示す二字・三字の直接用例は確認できませんでした。

この号では、具体的な短縮候補を新しく並べること自体を避けます。確認できる四字の雅穆索戈を保存し、用例のない短縮を既存表記のように見せないためです。


ヤムソ女王の村

ヤムスクロ市役所の公式史によれば、1901年、ヤムソ女王はN'Gokro村を治めていました。世界保健機関アフリカ地域事務局の資料も、Yamoussoukroの前身をN'Gokroとし、かつてのバウレの女王Yamoussouへの敬意から改称されたと説明しています。

同じWHO資料は、接尾辞kroがバウレ語で「村」を意味すると記します。Yamoussoukroは、ヤムソの名と村を表す語を結び付けた地名として説明できます。

ヤムソは都市名の献呈先です。しかし、市役所の叙述に現れるフランス人行政官シモン・モーリスや、のちにこの都市を首都としたフェリックス・ウフェ=ボワニが、都市名そのものを選んだ人物だと確定する資料は得られていません。

また、雅穆索戈、亚穆苏克罗、亞穆蘇克羅の漢字を選んだ人物も確認できませんでした。献名先、都市名の選定者、漢字表記の選定者を分け、ヤムソ以外の人物を命名者として登録しません。


植民地拠点は1906年か1909年か

ヤムスクロ自治地区の公式紹介は、農村だったヤムスクロが1906年にフランスの植民地拠点になったと記します。

一方、ヤムスクロ市役所の市政史は、先住民の反乱を受けて1909年にフランスの植民地拠点になったと説明します。市役所のより詳しい都市史では、1909年の反乱でBonziの拠点が焼かれた後、行政官シモン・モーリスが軍事拠点をN'Gokroへ移したとしています。

1906年と1909年が異なる段階を指す可能性はありますが、引用した資料だけでは整理できません。本稿では、一方を誤りとして消さず、植民地拠点化の年が公式資料間で異なることを記録します。


改称年は1919年か1930年代か

コートジボワール大統領府は、N'Gokroが1919年にYamoussoukroへ改称されたと明記します。ヤムソ女王への敬意から付けられた名だという説明も伴います。

これに対し、ヤムスクロ自治地区の首都移転史は、ヤムソ女王にちなむ改称を1930年代とします。さらにヤムスクロ市役所の都市史は、1909年の事件後に軍事拠点を移した叙述の中で、N'GokroがYamoussoukroへ改称されたと記しますが、改称年を独立して示していません。

したがって、改称を1919年または1930年代のどちらかへ統一しません。市役所の叙述が示唆する1909年事件後という順序も含め、公式資料の間に年代差があるまま残します。


首都移転は3月21日か3月12日か

コートジボワール大統領府は、1983年3月21日にヤムスクロが首都になったと説明します。ヤムスクロ自治地区の公式ページも、1983年3月21日付法律第83-242号によって首都移転が正式化されたと記します。

一方、中華人民共和国外交部の国情報は、コートジボワールが1983年3月12日に首都を亚穆苏克罗へ移すことを決めたとします。

3月12日と3月21日の違いが、決定、議決、法律の日付など異なる段階を表すのかは、引用した資料だけでは確定できません。本稿は法定首都化を1983年とし、日付の差を未解決のまま併記します。

現在も実質的な首都機能はアビジャンにあります。日本国外務省はその点を明記し、台湾外交部と中国外交部も、政府機関や外交機関の多くがアビジャンに残ると説明しています。


国連地名データの代表座標

国連地名専門家グループの都市データは、ヤムスクロをcapital cityとし、代表座標を北緯6.82393778618367度、西経5.26810512222864度としています。

本誌の地図にはこの値を用います。これは都市を示す代表点であり、市域の重心、行政境界から計算した中心点、特定の庁舎の位置を示す値ではありません。


ヤムスクロ県都市人口は278,874人

コートジボワール国家統計庁の2021年人口・住宅国勢調査に基づくヤムスクロ自治地区報告は、普通世帯人口を分析対象として、自治地区を415,020人、ヤムスクロ県を365,598人と集計しています。

同報告の居住環境別集計では、ヤムスクロ県の都市人口が278,874人、農村人口が86,725人です。本誌の一覧には、都市的範囲に対応する値として、このヤムスクロ県都市人口278,874人を載せます。市の行政境界だけを集計した人口ではありません。

ヤムスクロ自治地区全体の都市人口は、後続の本文と表で288,463人とされています。自治地区にはAttiegouakro県も含まれるため、ヤムスクロ県都市人口278,874人とは範囲が異なります。

なお、同じ報告の表3.1は自治地区都市人口を288,462人とし、後続の本文と表3.3の288,463人より1人少なく記します。本誌の人口欄には影響しない資料内差として残し、自治地区との比較には後続箇所の288,463人を用います。


万国漢字志への取り込み

暫定制定都市名には、四字の雅穆索戈を採ります。制定区分は創です。

雅穆索戈は本稿が無から作った文字列ではなく、台湾外交部が都市へ直接用いる既存表記です。それでも創とするのは、日本語の歴史表記を継承するのではなく、中国語圏の音写を日本語の都市索引へ新たに取り込むためです。創は、この四字を世界で最初に考案したという表示ではありません。

中国大陸と国連が使う亚穆苏克罗、香港立法会と台湾客家委員会が使う亞穆蘇克羅も、都市への公的な直接用例として併記します。雅穆索戈を優先するために、これらの用例を消したり誤記としたりはしません。

都市名の献名先はヤムソ女王です。都市名を選んだ人物と、三つの漢字形を考案した人物は確認できないため、いずれも未確定とします。


万国漢字志の暫定案

現代日本語都市名

ヤムスクロ

現代日本語の異表記

ヤムスークロ

所属国

コートジボワール

中国大陸・国連中国語表記

亚穆苏克罗

香港立法会・台湾客家委員会表記

亞穆蘇克羅

台湾外交部表記

雅穆索戈

暫定制定都市名

雅穆索戈――創

制定状態

暫定制定・日本語漢字原典、各漢字形の初出と選定者を継続調査


採らなかった表記と未解決点

亚穆苏克罗は、中国外交部と国連地名専門家グループが都市へ直接用いる簡体字形です。日本で通常使う字体へ直すだけで制定形を作るのではなく、台湾外交部が実際に用いる雅穆索戈を優先します。

亞穆蘇克羅は、香港立法会と台湾客家委員会に直接用例があり、本稿が機械変換で作った形ではありません。ただし、台湾外交部の現行国情報が用いる形は雅穆索戈です。二つの繁体字形を区別して記録します。

二字・三字形は、ヤムスクロの都市名として直接使われた資料を確認できませんでした。文字数の標準へ合わせるためだけに候補を造語せず、四字を残します。

未解決点は、日本語資料における歴史的漢字表記、雅穆索戈・亚穆苏克罗・亞穆蘇克羅の初出と漢字選定者、Yamoussoukroという都市名の選定者、植民地拠点化が1906年と1909年に分かれる理由、改称が1919年と1930年代に分かれる理由、首都移転の日付が1983年3月12日と3月21日に分かれる理由です。

ヤムソ女王は献名先として確認できますが、都市名または漢字表記の選定者としては登録しません。シモン・モーリスとフェリックス・ウフェ=ボワニについても、都市史や首都化に関わる人物であることを、命名者であることへ置き換えません。


参考資料


編纂綱領と公式サイト

本稿は万国漢字志 編纂綱領に基づいて調査・選定しています。

都市一覧は万国漢字志 公式サイトで公開します。


次回予告|都市篇 第七十号

次は、ブアケです。

コートジボワールの旧首都から法定首都までをたどった流れを引き継ぎ、同国第二の都市とされる内陸都市の名と漢字表記を調べます。